Creation College 2009
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モンスター撃破の報償

RPG研究:モンスター撃破の報償
RPGにおいてモンスターを倒すと手に入る報償物についての考察
初出:2009-05-20 / Update: 2009/05/24 00:32:53

 多くのRPGでは、敵を倒すと3つのものが得られます――経験値、ゴールド、それからたまにアイテム
 なるほど確かに戦闘によって経験度が上がるのは自然ですし、ゴールドやアイテムという形でその敵の持っているものを勝者の権利として分捕るというのも分かるには分かります。しかし、当然のように思えてきたこのシステムはよくよく考えると不自然な面もあり、それのみならず、疑いなくこのシステムを採用してしまったことでRPGというものを特定の枠に嵌め込んでしまうという構造的問題が発生しているように思えます。
 以下、各要素について色々考察してみようと思います。

経験値

 もしも経験値が戦闘によってまったく得られないのであれば、戦闘に要する時間や労力などがひどく勿体無いものになります。シューティングゲームなどでも、直接成長には絡まないとしてもスコアという報償によって、それがゲームのひとつの目的(ハイスコア)となったり、ボーナスアップ(例:100000点ごとに自機+1)という恩恵が得られるように配慮されています。
 従って、基本的には戦闘の報償は支払われるべきであり、その有力なものの1つが経験値というわけですが、現在のスタイルはさてどうなのでしょうか。

 まず、与える経験値が適切かどうか。少なすぎるとレベル上げの時間がそれだけ長くなり、多すぎるとその逆となり、苦労なくサクサク進めるタイプのゲームとなるでしょう。このあたりは調整してもらう話として、ここで問題になるのは、経験値の特殊な配分ケース。「基本的に弱い敵は経験値は少なく、強い敵は経験値も多い」これが基本ルールであると思うのですが、スタンダードであるDQ自身がこれを破る例外を実装しています。ご存知メタル系列の魔物です(メタルスライム、はぐれメタル)。序盤に数狩られてはバランスブレイカーになってしまうだけあって、狙い撃ちされないように「生息地域は狭く限定する」「出現率が低い」「撃退手段が乏しい」「逃亡率が異常に高い」と色々注意を払っています。まあ何にしても、なぜメタル系を倒すと急激に主人公たちが強くなれるのかという件についてはリアリティの観点からは合理的な説明は不可能です。経験値とは何ぞやということについて自己否定しかねない存在であるため、こうしたモンスターの配置については慎重に検討されるべきです。

 また、DQでは採用されていませんが、ARPG〜戦術SLGを中心に変動型経験値のシステムが導入されています。簡単に説明すると、主人公とモンスターとの力差がはっきりしてくると、徐々に経験値を減らしていきついには0にしてしまうというものです。また、「マビノギ」などではこれに加えて、同じ敵を連続で倒しているとやはり徐々に獲得する経験値が下がっていくという仕掛けが成されています。リアリティ的観点においてははっきりと合理性があると思えますが、これを採用するとどのような現象を引き起こすことになるでしょうか。
 経験値が手に入らなくなれば当然のようにプレイヤーは倒すべき相手を変更、つまり狩場を移動することになります。システムは常にある一定以上のランクの敵との対戦を要求するわけですが、好意的に捉えると「あなたはもう十分強いので、先の地に進んでくださいね」という促しを与えていると思われますが、その結果として今度は厄介な敵と戦わされたりします。弱点情報なども知らなければ倒すのにも苦労するわけで、「やや弱い敵を主に長めに倒していく」というプレイスタイルのユーザー(RPGユーザではかなり多いと推測されます)にとってはいらぬ催促どころか不快に感じられてしまう可能性があります。したがってこの変動制の採用はやはり慎重に行われるべきです。

 ところで、そもそもモンスターにのみ経験値を割り振るという考えかた自体が果たしてどうなのでしょうか。もはや自然なもののように思えてしまいますが、「先にいる魔物あるいはボスが強い」→「仕方が無いのでLvを上げるための経験値が必要」→「経験値を得るために数十数百の魔物と戦う」という流れですが、同じことを何十何百と強要されれば、その行為が面倒、苦痛であるように感じるのも止む無いことです。RPGにおいて戦闘は華であるはずが、その戦闘で飽きさせてしまうのは本末転倒もいいところです。
 そこで経験値の量をやや多く与えるとかで調整というのでは、苦労の量を減らすというだけのことであり、潜在的な問題を解決したとは思えません。そこで検討すべきは、戦闘以外において経験値を与える機会を多く導入する、という手法です。TRPGにおいては敵との戦闘で得られる経験値は少しであり、シナリオ・クエストの達成で貰えるボーナス経験値のほうが百倍も多かったりします。両者の細かいバランスについては別の問題に譲ることにしましても、ともあれ戦闘以外でのレベルアップ手段が提供されるのであれば、「ザコ敵ばかりと戦うよりは…」とそちらを喜んで選ぶ人が出てくることでしょう。但し、そうしたクエストがザコ戦闘よりも楽しく、また実りあるものでなければ、かえって「ザコ戦闘してたほうが効率いいからイラネ」という事にもなってしまいますので、配分量をどうこうする以外にも魅力あるクエストデザインが必要となりそうです。また、クエストという形式にこだわらず、「ダンジョンを1F落りていくごとにExp1000を得る」とか、そういったボーナスの導入も検討しても面白いかと思います。
 なお、「戦闘してないのに何でレベルが上がるの?」という問いも出てきますが、「冒険者としての経験を積んだ」という解釈をすれば良いでしょうか。RPGの本質的なレベルにおいては経験値とは戦闘経験値ではなく、困難にぶつかったときにそれを乗り越えるために費やした「苦労」の定量値に他なりません。現実においても困難にぶつかったときにどう乗り越えるかについては複数のアプローチがありえるようにゲームにおいてもそうである方が良いと考えられます。繰り返しますが、RPGにおいて戦闘は本来楽しむべきものなので、それを阻害するほどのレベル上げを要求するRPGはもう時代遅れなのではないか、と考えます。

ゴールド&アイテム

 DQがゴールド制を取っていたため、後に続くRPGのほとんども準じてゴールド制を取り入れました。経験値は蓄積する一方で消費できないものでしたがゴールドは任意に消費することができ、それにより武具を強化することで2通りの成長方法が提供されたことになります。欲しいものは全て買うにはお金が足りず、では今は何を買うことにするか? そういう楽しみがゴールドの導入によって得られるようになりました。

 しかし、最初の疑問点は「そもそもなんでモンスターが人間の通貨を持っている?」というお話。スライムは冒険者の亡骸を消化する時に取り込んだとか、さんぞくウルフにリカントやらおどる宝石あたりは持ってても違和感はありませんが、メラゴーストやギズモ、マンドリルあたりが持っているのはどう考えてもおかしい。これについては「実はモンスターの正体は宝石であり、宝石に魔術をかけることで妖魔化する」という解釈が以前一部でなされていた気がしますが、全RPGに適用するには色々と無理があります。「実はゴールドそのものではなく何らかの価値のあるものを持っていて、便宜上ゴールドとして獲得している」というあたりが無難な解釈となるでしょうか。実際、モンスター毎にそういったものを持っていて、後で結局すべて売って換金するならばその手間が面倒なだけであり、ゴールドという状態の方が手間が掛からなくて楽と言えば楽ではあります。しかしこうした解釈を取るようになったのも割と後期の事で、「モンスターといえばゴールドを持っているものだ」という前提を疑うことなく取り入れていたのが実際のところです。
 確認する限り、こうした「代替物の売却」をはじめて作業化したのは、アマチュアゲームの記念碑的作品である「まものクエスト」(1988年、TPM-CO Softworks)であったと思われます。モンスターを倒すとその「皮」をGETして、皮職人に売りさばく事によりゴールドに換金するシステムを持っていました。冷静に考えると皮を剥ぐ訳で(しかも「すみこみお手伝いさん」とかが倒すべき敵だったり…)生々しいものがありましたが(苦笑)。ちなみにこの作品はDQを意識しつつ、システム的にはどちらかというとザナドゥを意識した感のあるパズルRPGでした。

 しかしこの皮は本当に売るだけしか意味のない存在でした。アイテム化するならもっと意味のある用途はないものか? という問題についての解答となったのはやはりディアブロであったと思われます(実際はもっと昔にも解答となるゲームはありましたが)。この作品においては、敵の使う武器や防具が次々ドロップします(※ドロップ=敵を倒したときにアイテムなどを落とすこと)。それを使っても良いし売っても良い。まあ、ディアブロの敵はゴールドも同時に落とすわけですが、この作品を契機として、敵は「様々なアイテムを落としてくれる存在」という認識に改められるようになりました。
 これをMMOの特質を活かして十分に活用した例が「ラグナロクオンライン」となります。モンスターには最大8つのドロップスロットがあり、それぞれに確率が設定されています。落とすものはそのモンスターにちなんだ「収集品」、それから武器や防具類、そしてモンスター特有の「カード」です。収集品の一例は「べとべとする液体」や「かにニッパ」「スケルボーン」「グレイトネイチャ」などなどで、それ単独で消費することはできず、NPC商人に売却することで換金します。しかし単に換金する以外にも、特定の収集品などの組み合わせで別のアイテムとの交換、または特定のアイテムの作成の材料となったりするため、そのまま売らないことが良い事も多く、収集品がその名の通り収集物としての価値を持つようになります。
 こうして、「ゴールドを落とす不可解」は綺麗な形で昇華されるようになりました。
 他の例では同じMMOの「マビノギ」では二つの仕掛けが用意されています。その1つはやはり換金アイテムで、敵を倒してもこまごました収集品こそ手に入らない代わりに一定確率で「魔符」というものを落とすようになっており、これは10枚集めることでゲーム内通貨に換金する仕掛けが用意されています。
 もう1つはクエスト制であり、ゲーム中に大量に「退治クエスト」というものを受ける機会があるのですが、一例をあげると「付近を荒らす灰色ヒグマを10体倒す」などがあり、クエストを受けた状態でこれらを実行し達成することで、経験値とゴールドの両方を得られるようになっています。
 アイテム集めの楽しさの点ではラグナロクに軍配が上がりますが、より冒険者らしいお金稼ぎのスタイルができるのはマビノギスタイルの方と言えるでしょうか。もちろん両方を統合することもできるだろうと思います。
 ゴールド制についてはその先端においてはドラクエ時代の呪縛から抜け出すことができているようです。アマチュア側である私たちも、もうドラクエスタイルから抜け出してみても良いのかもしれません。

 ところでしかし、RPGにおいてはゴールドというものがそんなに重要なのでしょうか? その目的の九割九分は装備強化に使われます。しかしリアリティの観点からみて、そんなしょっちゅう武具を強化変更することは少々おかしいことで、皮や木とかならともかく、鉄材質レベルになってくれば、よほどのものでない限り使い続けるものです。ゲームの世界には魔法やら強化石やらの概念があるために「より強い武具」というコンセプトはあって良いとは思いますが、私たちはゴールドに振り回されているような気がしないでもありません。
 ゴールドあるいは換金アイテムをモンスターが一切落とさないシステム、またはストーリーにもよりますがゴールドがなく購買システムを持たないRPGというのはアリかと言われればこれは十分アリです。森の奥の聖域を舞台とした拙作のRPG「聖域の守護者たち」では、ゴールドの概念は一切取っ払いましたが、短いゲームだったからとはいえ十分ゲームとして成立していました。寧ろ購買がないがゆえに回復アイテムなどは敵や宝箱から拾うものが全てとなり、その有限性を考えながらのゲームプレイという楽しさが出せていたと思います。このあたりはカプコンの往年の名作RPG「スウィートホーム」についても言えることです。

3. レアアイテム

 DQスタイルでは、モンスターは1種類のアイテムを持っておりたまにそれを落とします。スライムやおおねずみが「やくそう」で、バブルスライムが「どくけしそう」など。あまりにデファクトスタンダードとなりすぎたせいで後続の作品もこれに倣い、現在のRPGツクールですらもこの伝統仕様です。しかし先のゴールドの項で触れたように、この仕掛けはもはや時代遅れです。
 DIABLOでは複数種類のものを落とすようになり、その武具についてもさまざまな属性・魔力が付与されていたりして、最良の品を求めてプレイヤーはレベルアップはさておきひたすら狩りまくったりするという現象が発生することになりました。ラグナロクオンラインの場合はMTG(マジック・ザ・ギャザリング)とFF7のマテリアの概念をうまく取り込み、極めて低確率のレアアイテムであるカードという仕掛けを取り入れました。このカードは魔物の種類に対してユニークに存在し、ドロップ確率は1250分の1〜5000分の1という低いもので、これを武器や防具などの決まった箇所に付与することでその武具を強化できる、というシステムです。このようなシステムはMMOとの相性が非常に良いわけですが、スタンドアローンのRPGにだって取り込めないことはありません。但し、それをプレイヤーが集めたくなるように配慮する必要は出てきます。能力についても強すぎるものを出すとバランスが崩れますし(DQ5で言うならはぐリンが運良く仲間になるようなもの)、弱すぎるものを出しても見向きもされません。こうしたシステムは主にやりこみ系のゲームに搭載するのが望ましく、また、ユーザ同士でそれらを交換できるような機能も提供することが推奨されます。






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