GAOGAO_REVIEW_09




9. 寄り道II「メリーゴーランド」
開発元:mischief 発売:1996/03/08 媒体:PC9801/Win95
Author:鷹月ぐみな / Update: 2014/12/13 10:53:33


▲タイトル画面。「SCENE 1996」は「SINCE 1996」なのでは?という気がしなくもない



a. BackStory

 時は2197年……いわゆる近未来。文明はさらに発達しましたが、いまだ宇宙に飛び出せずに、人類は環境のすっかり変化した地球で這いつくばっていました。モラルはすっかり低下し、その一方での機械技術の異常進歩とあいまって、脳と金さえあればあとは何とでもなるという「ミレニアム・エイジ」社会が形成されることになりました。社会は上層と下層にはっきりと分かれて生活を異にしていました。そんな中、横浜に「何でも屋ブライアン」という変わった人物が住んでいるのですが……。

b. GameStyle

 非常にオーソドックスな近未来系AVGです。主人公である何でも屋ブライアンはサイバードール「キム」と共に探偵まがいの仕事をしているうち、デミノイドという存在に出会います。そして、彼はデミノイドとの出会いにより、自ら危険へと踏み込んでいくことになるのでした。
 mischiefブランドとしての処女作ということですが、この時代はWindows移行黎明期にあたり、インタフェースでの未熟さが目立ちます。例としてセーブロード時にWindows標準のダイアログボックスを使ったり、256色モードに設定しないと起動すらしない、などと不便があります。

 今回取り上げている作品の中で唯一のWindows対応製品であるため比較的現代でも遊べる可能性の高い作品かもしれません。Win3.1/95製品ですが、WindowsXPでは「互換性/256色表示」に設定することでの実行を確認済です。但しWindows7以降では実行不可能となっています。(この場合、VirtualPC2007などによる仮想OS環境を導入する必要があります)

c. OverView

 こちらは同作者による「ARMIST」と違って、エロいかどうかはまた別としてもHシーンがある18禁作品ですが、パッケージにむさい男がでーんと描かれて女っ気が無いというマーケッティング上の失点があったせいか当時から売れずにワゴン行きになっていた定番でした。関連雑誌の宣伝とかもほとんど見ませんでしたしね……。
 内容も内容でどこの神宮寺三郎の未来版だよというハードボイルド風味のAVG。いわゆる美少女ゲームらしくありませんでした。H.MIYABI氏の作品はそんなんばっかという話もありましたが。

 さてゲーム本編ですがこちらはいい雰囲気です。物語は主人公であるブライアンの生活を追っていく流れなのですが、相当に設定の練りこまれた近未来世界であることがプレイしてみてすぐに実感できます。当時の近未来物によく見られた「AKIRAコピー」とか「銃夢コピー」から抜け出していました。(これらの作品の影響自体は受けている可能性はあります。上層/下層のあたりとか。もっともそれよりはブレードランナーの色調を感じさせますが……)
 どことなく似た世界観の作品にぱんだはうすの「H.H.G」などがありましたが、もう作品から感じ取れる臨場感などに雲泥の差がありました。Windows黎明期によるシステムインタフェースの悪さを許容すれば、描写・演出ともに中々の仕上がり具合でした。グラフィックも、セピア調ベースでやや薄暗く統一されており、心の物寂しさ、この作品世界の淀み具合が何となく読み取れるようになっていました。

 もう一つ特筆したいのは音楽の良さ。「みらい」氏によるジャズスタイルの楽曲群ですが、CD音源だから自由にできた面があるとはいえ当時の美少女ゲームの楽曲水準をはるかに上回っています。曲だけで間違いなく金が取れるレベル。
 「ブライアンのテーマ」もかなり良い曲ですが、特に「雑踏」という曲は、ゲームミュージック100選みたいなものを選出する機会があればエントリーさせたいほど。とにかくベタ惚れする曲たちが揃っています。もし作品を遊ぶ環境が作れないなら音楽聞くだけでもいいんじゃないかというほど。

よもやまデータボックス
 「ARMIST」はBasementブランドの作品で、ジャストから独立した「オレンジハウス」の1ブランドとされています。これに対して本作「メリーゴーランド」のmischiefは同系列ではなく、H.MIYABI氏が独立してホビボックス系列でリリースしたものと推定しています。そうであればmischiefはH.MIYABI氏個人の持ちブランドという独特な位置づけと思われ、その流れもあってか、後にビジュアルアーツでmischief名義の別作品がリリースされたこともありました。
 なお、H.MIYABI氏については情報が少なく、当方で確認しているシナリオ担当ゲームは現在以下の通りとなっています。実際にはこれの2~3倍程度のタイトルは書かれているとは思いますが..
・「PRESENT」(オレンジハウス)
・「ARMIST」(Basement)
・「メリーゴーランド」(mischief)
・「空白の記憶」(POWDER)
・「クエント」(エムズ)
それにしてもブランド名バラバラですな

d. Review

 この作品では、様々な人物たちの「立場」というものがきちんと描かれ、また意識させられるようになっています。下層に住まう人々、上層に居る篭の鳥の少女、警察、バイオドール、そしてデミノイド。法によって、もしくは人間であるかないかといった基準によって判断される人々。
 そんな、相容れないと思われている立場の二者を繋げられる人物。それが唯一、作中の主人公であるブライアンです。元腕利きの警察官であった彼は、本来はどちらかというと上層に身を置き、身分の低いものにしかるべき距離と態度を持って接する立場なのでしょうけれど、「おまえは自分を常に下層に置き、他のすべての者を見上げて生きている。だからお前は偏見というものを持たないのだな……」と作中人物に評されるようなキャラクターでした。
 偏見なく他者を許容する人物といえば、同作者の「ARMIST」において鷲羽昇や大川美紀などがいました。但しARMISTは世界や登場人物の範囲が狭すぎて、本当にそうした器量があることを示すには不十分だった感がありましたが、本作のブライアンはそれに見合う性格と行動を持っていることが作中で確かに確認できます。フレーバーも含めて得られる男性主人公像に惹かれることは美少女ゲーム作品ではかなりレアなことでもあり、H.MIYABI氏の力量に当時は感服させられたものです。

 それにしてもこの物語は、ほんとハードボイルドです。冴えないオッサン顔立ちをしたブライアンの周りに次々と女性が現れるのですが、彼女達は自分の目的を達する事ができないまま次々と殺されていきます。亜里沙、アカネ、マルダレーヌ。
 「最後に私を抱いて欲しい」死ぬ直前だからこそ、生きていた証として交わりたいと彼女達は望みます。その直後に目を閉じ生を終えたり、あるいは別れた後にブライアンの知らないところで殺される彼女たち。この時に余計に感動や衝撃を与えるような描写がない事がかえって儚さと切なさを感じさせてくれます。特にアカネに関しては、流れから言ってもそこで死ぬようなキャラではなかったこともあってか、プレイ当時かなり衝撃を受けたものです。

 「次々とかけがえのない者を失い自分の世界が凍っていく。しかし、同時に新しい出会いもあり、自分とすれ違う事で変わっていく人たちもいる。世界がどれだけ狂おうとも、なにより守るものがある限り、生き続けていこうとする――」
 この作品は、人間の心の強さと弱さの両方を表現しつつ、そんな彼ら彼女たちが生きることそのものについて描いているのだな、と思います。何て言うかもう普通の美少女ゲームにあるキーワードと次元が違うんですね。良くも悪くも外れている。
 ともあれ、人の生きざまを描き出す事がH.MIYABI氏が表現したかったことなのでしょう。氏の後の作品「クエント」(エムズブランド。フォアナインの所から販売されています)などを合わせてプレイするとより強くこの印象が浮かび上がってきます。
 ――時は止まることなく回り続ける。その中に自分と、そして色々な人たちが居て、生きているのだ――表題に「メリーゴーランド」としたのはそういうことなのでしょう。

 なおこの作品、めでたしめでたし的に終わってはおらず、淡々といくつかのエピソードを通りそのままエンディングを迎えます。何かがいろいろ消化不良。書くことが期待されていた伏線、設定の消化が足りていない感がありました。
 そして案の定と言いますか、間接的な続編にあたる物語「VESPER」なる小説が、美少女ゲーム雑誌「電脳美少女組」にて全四話で掲載されていたというオチでした。作品を遊びなおかつその小説を読んだ人なんて限られた人しかいなかったような気もします(^-^;
#筆者も小説の存在はまったく知らなかったのですが、H.MIYABI氏から直接頂きました。当時のレビュワーの役得といったところですね……。但し残念ながら現在そのファイルはロストしており私も読むことはできません(苦笑)。

e. Estimation

 テーマはすごく大人向きで雰囲気も抜群なのですが、ARMISTにあった戦闘シーンすらもなくなり爽快感はダウン。そして作中の女性がHした後で次々死んでいくというこのやりきれなさ。正直に言えば楽しかった作品とはとても言えません。しかしその作品性の高さ! そういったものを重視する人間にとって遊んでよかったと思える作品の一つであったことは間違いありませんでした。
 なお、先ほどから繰り返し取り上げている「ARMIST」と本作は世界軸は別なのだそうです。しかし明らかにARMISTの流れを組んだ作品であり、両方プレイすることでより一層深みを感じられる作品であったことを付け加えておきます。


 寄り道の終わり。
 <変異体>のGAOGAO!作品、そして<デミノイド>のH.MIYABI氏作品。
 そもそも「彼ら」は何者なのか。「彼ら」と「人間」との関係。「彼ら」の作品論的な意味。
 長きに渡るこのレビューもいよいよ最終節を残すのみとなりました。





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