GAOGAO_REVIEW_05




5.カナン〜約束の地〜
開発元:フォアナイン(エクセレンツ) 発売:1997/04/16 媒体:PC9801 Winリメイク無し
Author:鷹月ぐみな / Update: 2014/12/13 10:52:19
ひとり、またひとりと死んでいく。
もうそこは、音なき監獄か、それとも巨大な棺桶か。
時の経過や、悲しみの感覚というものも麻痺してしまったが、
やりきれなさの中、僕はここを出る事にした。
父さんが言っていた、カナンを見つけるために。



a. はじめに

 「カナン」についてですが、このレビューを書いた1998年当時はまだ作品が発売されてからさほど経っておらず入手も容易でした。そんな背景もあり、本作についてはテーマ部分の考察を中心とし、あとはストーリーをあまり詳しく書かない範囲内で気になったトピックについてのみだらだらと触れるという形で行われました。それで気になった人達に作品を遊んでもらえればいいな、と。
 そういうわけでこのカナンについては実は徹底的な解析は本レビューでは行っていません。ストーリー内の細かい考察については別途同人誌でも出そうかなんて考えていました。残念ながら作らないままになってしまいましたが。

 しかし16年も経った今ではこの作品を遊ぶ環境を作るのは容易ではありません。従ってレビューも本当はある程度ストーリー部分に踏み込んで書いた方が良かったのですが、筆者自身も現在はカナンをプレイできない状況にいるためそれも叶いません。
 というわけですので、ストーリーの流れについては以下の外部サイトを読んでもらって把握していただければと思います。

(1)GAO GAO GARDENS - ファンサイト
http://gaogao.s58.xrea.com/

(2)エロゲのストーリーを教えてもらうスレまとめwiki - ワイルドフォース
http://seesaawiki.jp/w/luc001/d/GaoGao3rd%20%A5%EF%A5%A4%A5%EB%A5%C9%A5%D5%A5%A9%A1%BC%A5%B9

(3)エロゲのストーリーを教えてもらうスレまとめwiki - カナン
http://seesaawiki.jp/w/luc001/d/%a5%ab%a5%ca%a5%f3%20%a1%c1%cc%f3%c2%ab%a4%ce%c3%cf%a1%c1

 以下はトピックごとの考察となります。

b-1. カイトの旅立ち

 ニンゲンは今や衰退し、地下のシェルターに住まうようになりました。
 ところがその1つであったネオアリストシェルターの人たちは原因不明のまま次々変死していきます。そしてただ一人、本作の主人公の片割れとなるカイト=トワイライトという少年のみが生き残りました。
 両親を、弟を、今まで知っていた人間すべてを亡くした彼の悲しみたるや相当なものだったはずですが、彼は父親から伝えられた、ただ一つの希望である「カナン」を求めてシェルターを出ます。それはどこにあるかも分からない人間のための楽園。

 ところが、カナンの事を一旦忘れてしまうほどに彼はすぐに事件に巻き込まれ、翻弄される事になります。結果論で言えば彼は外に出ないで留まっていれば、ウルフィたち一行と出会う事になっていたのですが……。
 本作は人間の少年であるカイトと、変異体の青年ウルフィのダブル主人公という形を取り、「カイト視点」と「ウルフィ視点」で交互にストーリーが展開していきます。そして作品前半はこの両者は見事なまでにすれ違いお互いの存在に気づかない展開が続きます。プレイヤーはもどかしく感じながらも「お約束だよねー」とニヤニヤしっぱなしでした。

 それにしてもネーミングが何ともしつこいですね。
 パンドラの森の舞台は「アリストドームシティ」、ワイルドフォースでの変異体の街は「ニューアリスト」(かつてアリストシティ出身の人間がこの地下に都市を作っていたことによる)、そして本作の「ネオアリストシェルター」。またですか(笑)という感じでした。まあ、最終的にこうしていずれも亡びてしまったわけですが……。

b-2. 物語進行〜フラフラと行ったり来たり〜

 本作は大変長い物語ボリュームを誇ります。体感的にワイルドフォースの3倍くらいあったような気がします。展開もあっちへ行ったりこっちへ行ったりとフラフラしたり襲われたりと目まぐるしいのですが、シーケンスに分解すると意外と少なく、5つのセクション、5つの舞台に集約することができます。

セクション1:ネオアリストシェルター近傍
セクション2:建物探索
セクション3:変異体の町
セクション4:町外れの球体都市と崩壊後
セクション5:イジュウインシティ

 と、たったこれだけにまとめることができます。
 プレイヤー的には相当色々な場所を回った気がするため、「あれー?」という感覚になりそうなのですが、このあたりは仕掛けがあって、各広域舞台において軸点(ピボット)が用意され、そこから短期的な目的のために近隣をあちこち行ったり来たりする展開になっていたためでした。カイトは「カナンを探す」という目的があったとはいえどこにあるのだか分からない場所ですし、ウルフィに至っては特別な目的地も最初はなく、目下行くべきところを追っていった結果として様々フラつくことになったというだけです。
 どことなくこの進行の雰囲気はテーブルトークRPG(TRPG)を彷彿とするところがありました。TRPGそのものの説明は本節では省略しますが、TRPGはパーティーを組んで、ベースを作りそこから目的に応じて移動し、事件に巻き込まれたり、プレイヤーキャラの事情だったりと様々な理由で転々としながら冒険するゲームでもあります。
 カナンではカイト視点・ウルフィ視点の物語と交互に切り替わりますが、切り替わる際に「あれ、いま誰が仲間にいたっけ?」とプレイヤーが忘れてしまうのを防ぐ目的だろうと思いますが「パーティー」の概念をインタフェース側に組み込む仕掛けが施されており、シーンの切り替えの度に同行者たちの一覧がアイコンとして表示されます。任意に外したり組み替えたりなどは一切できませんが。

 本作から漂うTRPG的な匂いはそれだけではなく、危機を乗り越える度に宴会らしきものを催すシーンが挿入されているのですがこれもTRPGではお約束的にお馴染みのシーンですし(水野良氏の「ロードス島戦記TRPG」などでは特に頻繁に見られました)、カイトがアンジェラと出会った後に「食料がなくなったから、補給しに……」と喋るくだりがあるのですが、これも普通のストーリーであればそんな理由で戻すようなことはあまりやりません。しかしTRPGの世界では頻繁に見られるリアリティのある進行の一つです。
 本人に確認したところでは三峰氏はTRPGへの造詣はさほどなかったようで、偶然にも「TRPGの進行様式を本作では搭載してしまった」と言ったところでしょうか。カナンはまるでTRPGリプレイ本を読むかのような雰囲気で楽しむことができる作品なのです。

b-3. 登場人物紹介(重み情報付き)

 カナンには実に20人を越える個性豊かなキャラクター達が登場し、彼らとの関係でストーリーを形作っていくわけですが、キャラクターの重要度は様々です。以下、【7】(最重要)〜【1】(端役もしくはある単一の役割のみ)に一覧分類した表を紹介し、【7】〜【4】までのキャラについては一言コメントを付けてみようと思います。(同一の重要度でも、最初に紹介されたキャラの方が若干重要と判断してください)
■登場人物重要度リスト■
【7】 ウルフィ(主人公1)
【6】 ブルー
【5】 カイト(主人公2)
【4】 ミラ/ウォーレン/ラビィ/アンジェラ/イリア/ニース/エルザ(E)
【3】 ルウリィ/キャシー(C)/レオナ&ドーラ
【2】 ビィ/アリス(A)/ティティ
【1】 ファー/ローズマリー/リリー/ディライア/ハーパー/ベリアリス/レジーナ/ダイアナ/ミナ

【7】ウルフィ
 本作には2人の主人公がいるとはいえ、真の主人公はやはり前作からの引き続きの主人公であるウルフィです。旅好きな風来坊はそのリーダーの資質ゆえにいつしか沢山の仲間が彼の後ろを付いていくようになります。しかし彼が導き手として、真のリーダーになるためには本作で試練を乗り越えなければいけませんでした。
 変異体とニンゲンのさまざまな隠された真実を知る権利は最終的にカイトには与えられず、ウルフィとブルーのみが持ちえるものとなりました。

【6】ブルー
 GAOGAO!シリーズ最強のキャラ。前作で炎の中に消えたかと思いましたが生きていました。本作では敵でも味方でもない独特の立ち位置でプレイヤー側を翻弄し、あるいは協力してくれます。しかし吹っ切れたところがあるのか若干丸くなりました。彼なしにはこの世界の最大の問題点は解決しなかったろうと思います。苦労屋であり道化役でもありましたが、そんな彼にも最後は幸せの時が訪れることになりました。

【5】カイト
 本作もう一人の主人公。役割としては4点レベルですが、序盤の大事な視点者ということで1点加点。彼がウルフィと交わると、存在感の差ゆえに主導権をあっという間に明け渡すことになるため、すれ違いのストーリーが生まれることになりました。
 主人公ではありますが彼は弱く無知であり、せいぜい変異体を理解する程度に留まります。それがゆえにウルフィとは違い、世界の亀裂の原因について知る権利はとうとう与えられませんでした。2作目のジャッキーの立ち位置に近いキャラと言えます。

【4】ミラ
 人間と人間の間から生まれた変異体の少女。本作で一番可愛い。ラビィのようなナイーブな所もなく、暗い過去がありながらも親の言葉を大事にして生きている、常に前向きで明るい変異体の子です。キャラとしての機能はルゥリィやニースと同じ「子供だてらに大人が言いにくい事をスパっと言う」派に属しますが、作品全体に漂う暗さ、深刻さの雰囲気をムードメーカーとして打ち消してくれる大事な役割を持っていました。(これに対してニースは落ち着きを与える存在、と役割の差があったようです)
 彼女の精神力と行動力はカイトにも大きな影響を与えることになりました。

【4】カイン=A=ウォーレン
 あの全ての元凶フリッツ=ウォーレンの末裔と考えられるシニカルな科学者。
 序盤では主人公たちの敵として登場しますが、どこか憎めない性格の持ち主でした。本編が進むにつれて重要キャラとなっていきます。彼の成長は本作のテーマにおいて重要なポイントであり、先祖の罪の浄化役まで担っています。
 カインの名前も旧約の「アベルを殺したカイン」から取ってきていると推測されます。但し罪を犯す者ではなく、遥かな祖先の原罪の償い手として。「カナン」の名称も旧約繋がりですしね。

【4】ラビィ
 ウルフィの事が好きなキャラは沢山いるのに彼女がガッチリとマークしてしまい、彼もそれに答えたことで、ウルフィの<恋人>としてパーティ内では特異な地位に属します。予知とか霊媒体質とかオペレータとかでしっかり役割は一手に貰っているけど、戦闘力0ということでそれ以外は何もしていなかったりもします。

【4】アンジェラ
 本作におけるキーキャラの一人ではあるのですが、モラルに縛られ過ぎており、それでいて背伸びもするものだからあまり良い印象持っていなかったりします。もっとも、狙われ役の彼女がいるからこそカイトは彼女を助けようと行動し成長していくことになるわけですが。
 彼女の「羽根の跡」についてはどんな秘密が隠されているのだろうとワクワクしましたが、正直パッケージイラスト以外の何の役にも立って居なかった気もしないでもない……。

【4】イリア
 その強さ故にワイルドフォースでは場面によってはウルフィ以上のイニシアティブの取り方でしたが、本作では個性ある脇役に後退しています。敵でありライバルであったブルーが前作で炎の中に消えたことでニンゲンに少なからず憎しみを抱いていたわけですがブルーは本作で生きていることが分かってしまい、毒気も少し抜かれてしまった面があります。元々彼女の視野はウルフィよりずっと狭く、彼女は本作の重いテーマを受け止められる人物ではなかったのですよね。それでも力の面においてはウルフィと並んで頼れる存在なので、彼女がいることでパーティが引き締まる感はありました。

【4】ニース
グラフィックを見てるだけでも、作り手にとても愛されているキャラだと思いました。1年でずいぶん成長しましたね。決して表に出る事の無い脇役を演じていますが、静かなムードメーカーとしてパーティーには欠かせませんでした。戦いに参加する必要はないんですね。彼女はまさに癒すキャラなのですから。

【4】エルザ
 伊集院家の5人のクローンの最後の一人であり、唯一の良心。
 クローンたちの名前はそれぞれ接頭にABCDEと付くようにデザインされていますが、"Erza"はそれ単体で「本物より劣る模造品=クローン」の意味を持つドイツ語です。偶然の可能性もありますが狙った可能性もそれなりに高そうです。終始一貫して主人公側を助ける援助者的役割を演じました。

【3】ルゥリィ
 彼女の重要度は【3】ですが特記点があるので触れておきます。
 ラジカルシークエンスの「ミィ」とほぼ同じ方法で生み出された子供の変異体。子は親を無条件で信用するというタイプのキャラで、ティティとは似たもの同士。ピンポイントしか登場しませんでしたが、彼女の役割は極めて強烈です。子供の言葉というものは遠慮もなくストレートに突き刺さってくるもので、しかも本作の最大のテーマに関わるメッセージ部分なだけに……。

c-1. システム概観

 ストーリーのレビューに入る前に外枠部分について触れておきたいと思います。
 まずグラフィックについてですが、キャラのエロ表情については輪月氏がフル担当されていた前作の方が安定していた気もしますが、グラフィックの質と量そのものについては倍増どころではなく3,4倍増となっています。これは開発期間が前3作に比べて長く取れていた事に加え、当時16色CGの匠(じいにさん等)が多数在籍していたシーライオンが携わったからというのもありそうです。
 但しそれだけでなく、通常の美少女ゲームでは普通やらないだろうというほどの表情変化の豊かさ。ワイルドフォースの時点でその傾向はありましたが本作はさらに輪をかけて充実しています。

 ゲーム進行スタイルは、フラグ立て移動スタイルだった前3作から変わってとうとう完全な1本道になってしまいました。選択肢そのものは何度も出てきますが、結局全部選ぶことになるものばっかりだったりして、本作は自由に場所移動できるパートがほとんど存在しません。過去3作の経験によってスタイルを変更されたのでしょう。正直この「物語を追っていく」形の作品はテンポ感が何より重要であり、スムースに流れる1本道AVGはフラグ立ての移動などでイラつかせることもなく、ライターの意図通りに緊張感と緩和のバランスをうまく提供することができます。
 もちろん、単にページをめくるだけと言う自由性の低下により、プレイヤーが物語に参加できる感覚、没入感はその分低下するデメリットが存在しています。これに対しては完全な解決ではないのですが、「場面が移ったら会話以外は自動的に進めず、あくまで見るコマンドでユーザに能動的に行ってもらう」という手法を取ったようです。考えてみれば新手法どころか部分的に80年代アドベンチャーの形式に戻ったとも言えるのですが、これにより没入性については多少なり担保することができるようになりました。ワイルドフォースでもこうした局面は若干見られましたが、カナンではこの部分が徹底されている感がありました。
 完全一本道は実際のところは良し悪しだと思いますが、三峰氏の筆力の高さによる物語への引き込み方が圧倒的であることから結果的には大成功だったと評価しています。

 他にシステム面で細かいところを見ますと……前3作は時々セーブデータが壊れるというバグがあったようなのですがこれについても本作でようやく修正されています。まあ一本道なのでゲームフラグ管理自体が単純になったからなのでしょうけれども。

c-2. システム概観(Hシーンについて)

 カナンにおいて、濃くて深いストーリーの中に、結構多くのHシーンがちりばめられていますが、この多くは選択可能になっています。どちらを選ぼうともその後の展開には影響をもたらしません。
 これには賛否両論を投げることができます。決して展開上必要でないHシーンも多く、それを不自然と考えるユーザに対して、自然な方を選んでもらおうという意図にするものと考えられます。これはユーザへの親切というよりは、キャラへの感情移入を妨げないようにしながらHゲームの体裁を取るための手法、と考えられます。
 カナン以前に発売された他社の作品でこういった選択が可能なものは多くはなく、ぱっと思い出されるのは「RE−NO」(ソフトウェアハウスぱせり)くらいでしょうか。実際18禁マークが付いている以上はある程度ご都合やサービスと分かっていながらもHシーンをしっかりと入れようとする心がけは良いと思います。どう見ても一般向けゲームでありながらワンポイントのどうでもいいHシーンを1つ入れるだけで18禁にするという「グランシード」(EXIT/スタジオトゥインクル系)などに比べればだいぶマシです。しかし同時に作品が本質的に18禁である必然性がないことを自ら認めてしまうことにもなります。
 まあ、恋愛系美少女ゲームの中には後にHシーンをカットした健全版が発売されるケースも色々あったわけですし、エロの有無が美少女ゲームの必要条件ではないわけですから、一長一短ということでそこまで気にはしなかったのですが、本作では明らかに残念と言えることがあり、それはCGモードとの関係です。
 当たり前ですが、Hをする選択をしない限りそこは埋まりません。不自然と考えHシーンを回避したユーザは結果的に損をすることになります。Hを選択することが正であるとシステムが主張してしまっているわけです。元が長いストーリーなので、Hシーンを回収するためだけにもう一度プレイするというのも何か違うような気もします。何よりマズいのは、Hをしない選択を選んだ場合の相手のリアクションがひどくおざなりであった点に尽きます。整合性自体は取れていますし、冷静に考えればいたずらに身体を重ねて膣内射精しまくる方がマズいわけですが、選ばなかったことによる代替のCG、展開は一切無し。何かちぐはぐな感が否めませんでした。
 これ、2014年の現在から考えると「エロシーンが自由に拒否できるエロゲーがあるぞw」とか馬鹿にされそうなネタですよね(^^;

d-1. StoryView01 - 序盤

 パンドラの森のプロローグも鮮烈でしたが、そちらは背景導入というだけであり主人公たちは表面的には平和な未来のドームシティにおいて物語を開始しています。
 それに対してカナンの方はネオアリストシェルターの人間がカイト残して全員死んだという状況からの開始であり、のっけから只ならぬ状況です。HuMI氏の楽曲がその重々しい雰囲気を引き立ててくれます。
 が、作品解析の観点ではこの状況は昔話によく見られる、「平和な家において年長者の不在や死により残される子供たち」という発端のモチーフを拡大しただけにすぎません。主人公たちは他に道なく彼らを守っていた家を抜け出し事件に巻き込まれていくのです。本作においてはアンジェラとの出会い、そして命を狙われるアンジェラを連れての逃走、という事件が展開していきます。
 この焦燥漂うカイトパートとは対照的にウルフィパートの出だしは揚々としたもの。イリアやラビィ、ニース達を連れての賑やかな旅です。第3作のキャラたちの個性、存在感は強烈で既に一人歩きを始めている感があります。その対比で何ともカイトたちがちっぽけな存在に見えてしまうのでした。意図してこの対比を描こうとした面もあったのでしょうけれど差があり過ぎてなんだか可哀相なほどでした。そんなおっかなびっくりと行動するカイト組はミラと遭遇してようやく動き出したかな、といったところ。

 ミラに関しては人物概観のところで少し触れましたが、序盤のカイトとの出会いはテーマ上、大きな意味合いがあります。変異体は闇喰いのような獰猛な姿だと想像していたカイトは面食らいます。襲われるどころかカイトから逃げようとする行動、臆病さに共感を覚え認識を改めることになります。カイトの変異体への認識による恐怖と憎悪は刷り込まれていただけのもので、経験として抱いた感情ではありません。
 一方のミラの方からすると、元々人間との間に生まれた変異体で、阻害されたりはしたけれども死別した母は自分を愛してくれたことをよく覚えているため人間に対する拒絶、憎悪の感覚そのものはありませんでした。何よりお互い孤独同士。彼らが打ち解けるのは自然なことでした。
 命は狙われるわ目的地は分からないわ、両親を失って間もないカイトが鬱屈と沈みそうになる中でのミラとの出会いは重要です。彼女は絶望の中でも「ミラのミラはミラクルのミラ!」という生前の母が教えてくれたおまじないで自分を奮い立たせ前向きに生きてきました。カイトは彼女の姿から「自分たちのためにも、とにかく前に向かって進もう」という意志を獲得するのです。

d-2. StoryView02 - ウルフィの試練

 ディライアと会う前後から、いつも元気でウルフィLOVEなラビィの様子がおかしくなります。彼女はみんなにその理由を隠しつづけて、ある時一人で研究ドームに踏み込みます。非力な彼女が踏み入れるにはあまりにも危険なオペレーションでしたが、第3作においてセゾンから貰った「オペレータ能力」を活用して目的をやり遂げます。しかしその代償はあまりにも大きくて……彼女は死にました。

 ヒロインの突然の離脱と死亡!
 ウルフィは絶望の淵に突き落とされ、このあと苦悩したり魂が抜けたようになったり、他のメンバーたちが戸惑ったりと物語が迷走していくわけです。
 この展開については順風だったウルフィルートに対して揺さぶる事で読み手に意外性(衝撃)を与える狙いがまず一つありますが、もちろんそれだけではありません。真なる狙いはウルフィに作品世界におけるリーダーとしての試練を与える事にあります。微妙な言い方をすればラビィはその試練を与えるためのダシとしてシナリオライターによって狙い撃ちして殺されたわけです。

 ウルフィは現時点でも変異体から全幅の信頼を置かれるリーダーでしたが、彼自身はニースやブルーのような悲しみの過去を持っていません
「いえ、君が最愛の人を失ったとき、どんな状態になるのか見てみたいと思いましてね」とは少し後に現れたブルーの言葉ですが、ウルフィは真のリーダーの位置づけを獲得するために「試された」わけです。それはまた、彼のラビィへの愛情の深さを演出する機会でもありました。ラビィとウルフィは恋仲でしたが、それは3のエンディングで抱き付かれたところから始まったものの、その愛情を育むようなシーンやエピソードは、3と4の間の語られぬ1年間の空白の中にしかなかったわけです。その1年間に培った想いがこのイベントではじめて表で見られることになりました。

 さて、ラビィの死でウルフィは一時は立ち直れないほどのショックを受けますが、ようやく目を覚まして、過去を強引に振り切ります。彼がいないとパーティーが停滞してしまう事を彼自身がよく知っていたからです。この展開、何かに似ている? と思っていたら、FF7のクラウドの置かれた立場に重なるところがあるのですね。自分が知らずセフィロスに操られていて、渡してはいけない黒マテリアを渡してしまったり、その事実に衝撃を受けてエアリスをボコボコに殴りつけてしまったりした後で自己を失いパーティーから離脱する流れ。奇しくも同じ1997年発売の作品。両者は何一つ無関係の作品ですが、リーダーとして成長していくプロセスに類似性が感じられました。

 失意の中からも、仲間たちのために立ち上がる強い意志。彼は試練をクリアし、ここにミューティアクロニクルの世界観の重い枷を解き放ちうる者としての資格を獲得したわけです。
 ラビィの死は作品論上においては目的ではなくこのための手段でした。従って、ウルフィの成長という目的を達したことで、彼女はそのうち見事に展開の中で生き返ることになります。

 それにしてもこのウルフィという青年はおそらく狼族の変異体の中でも特殊な一人なのでしょう。あまりにも思慮深く優しい。石野真子の「狼なんかこわくない」という歌の一節をを思い起こさせます。 「あなたもオオカミに変わりますかー? あなたがオオカミなら怖〜くない〜♪」というやつですね。三峰氏なら間違いなくこの歌知っているでしょうし、ウルフィというキャラを作る時のイメージの一つにあったのでは、なんて考えています。

d-3. StoryView03 - 記憶の喪失

 ウルフィの試練自体は終わりましたが、彼に降りかかる災難はもう一つありまして、それが事件に巻き込まれての「記憶喪失」です。アンジェラ自体記憶喪失キャラですが主人公すらも! まったくこの作品はなかなか私たちを安心させてくれません。
 この記憶喪失のモチーフは長編物語でまま見られるものです。「気が付くとトイレに居て、自分の記憶を全て失っていた」から始まる物語すらあります。記憶喪失ネタは主に以下の4つの目的のために使われています:

1. 単純に、知ってはいけない事を知ってしまったために消された
2. 知識をプレイヤーと同等にするため。主人公自身の特殊な過去を隠すため
3. 過去を知っているとストーリーがすぐに収束してしまうため。
4. ストーリーを初期化するため


 1.の例が「パンドラの森」の記憶抹消。
 2.の例が後で作品レビューをすることになる「メリーゴーランド」のブライアン。
 3.の例が本作のアンジェラ。
 4.の例が本作のウルフィ。
 と言ったところになると思います。ストーリー展開のための手法としては便利な上、読み手にも困惑や衝撃を与えられる効果があるわけですが、あまりあちこちで多用されるようになると「またかよ……」と思われる諸刃の剣でもあります。現実の人間はそんな簡単に記憶喪失になるわけないですしね。
 「ストーリーの初期化」といっても実際1からやり直しになるわけではないのですが、長編において場を一旦リセット、リフレッシュするために使われる傾向があります。3.のケースはストーリー展開によって徐々に思い出していくわけですが、4.は大抵は一時的なものであり、そのうち元の自分を取り戻します。
 本作もちょっとしたリフレッシュ狙いはあったと思いますがそれだけではなく、エルザの演出のために図られたイベントという感じがありました。彼女の独白シーンはウルフィが記憶を保っていたままでは難しい展開だったのです。ここの展開は、パンドラの森での隠れキーワードであった「共振」を復活させるための鍵となっています。

d-4. StoryView04 - 偽りのカナンに住まいし少女

 さて、今回の物語の元凶となっている一人の女性がいます。彼女は大人になるのを拒み、自分の内なる空想の世界に生きています。変異体は自分達を世界から追い落とした憎むべき存在とずっと教えられてきたのですが、一人の変異体の男性と出会う事によって、今までの自己が崩れていきます。しかし立場上彼女は背負うべきものがあり、その葛藤の末に彼女は両者とも拒絶し現実から逃避してしまいました。
 その彼女が再び興味を示した人物がウルフィでした。彼の中に、自分の持っていない何か(アニムス的なもの)を強烈に感じて惹かれたのでしょう。それでも結局彼女は最後の最後まで自らの心の檻から抜けることはできませんでしたが……。
(※ストーリーの真相に関わる部分であるためここは具体的な記述は避けています)

 彼女のアニマ的な世界。それはまるで「カナンを探せ」と言われた時にカイトが認識した世界像のようなものです。自分たち、ニンゲンたちだけが幸せに暮らせる世界。ドームシティもシェルターもその具現化だったわけですが、しかしそれは滅び、真のカナンではなかったことを露わにしています。では本当のカナンは一体どこにあるのでしょうか?
 こんな問いの中で物語は最終章へと入っていくのです。

 この物語でちょっと残念に思ったのは、本作のテーマは「ニンゲンと変異体の様々な関係」という大きな枠組みの中で築かれるべきものなのですが、改めて思い返すとニンゲンと変異体との怨恨の話がいつのまにかイジュウイン家のお家騒動に切り替わっちゃってるんですね。彼らのお家騒動がなければ両者はいがみ合いする事なんてなかったのでは? と。憎悪云々は記述としてはよく出てくるのですが、実際に作中に明確に憎悪を見せたキャラはキャシーとベリアリスという特例的存在であり、一般的なニンゲンではなかったのですよね。文芸批評的に言えばこの部分のテーマ消化は成功しなかった、と考えています。

d-5. StoryView05 - 終焉/怨恨の終わりとニンゲンの行く末

 最終的に変異体に並々ならぬ一方的な恨みを持っていた伊集院一族は、変異体に理解あるエルザを除いて滅亡しました。
 ニンゲン達はもはやドームにも生きていく場所が無くなってしまいましたが、変異体たちの助けにより町を新たに興す事になります。両者の共存共栄が始まり、そこでこのカナンの物語はエンディングを迎えます。

 ところでこの共存共栄は成功し、平和となるのでしょうか。ここですべての幕が引かれている以上は「いつまでもいつまでも平和に暮らしましたとさ」と昔話の終わりのようであってほしいと思うわけですが、願望はさておき考察する必要があります。
 まず、ニンゲンと変異体。変異体は元はニンゲンから生み出された存在であり容姿も類縁性があり、子も残せることからすれば、闇喰いのような心の不十分な妖獣になりさえしなければ触れ合う事は十分に可能でしょう。
 しかし、怨恨を刻み付けられた世代同士の融和は簡単なものではありません。家族や友人が殺されたのに友人と思えというのは難しいものです。そんな中、エピローグにおいて、
「やはり最初に子どもたちが仲良くなって、その親との間につながりが出来る」と語られます。「やはり」の副詞の中に、序盤のカイトとミラの触れ合いを思い起こさせます。ニンゲンのカイトと変異体のミラは共に深いレベルでの過去の確執は知らず、それが故に比較的早く仲良くなることができました。これを融和の一つのモデルと見なすことができます。
 とはいえこれはお互いが線引きをせずに触れ合う前提を必要とするものですが、真なる共存の行きつくところは同化です。ところで作中では変異体の方が生物学的に優性的存在であると示されています。ニンゲンと変異体の子は変異体となる。ということはこの結末はニンゲンという種族に終止符を打つ、ということにもなります。
 パンドラの森の時代、およびそこから変異体が増えていく過程においては人間の方が圧倒的に数も多く支配的な存在でしたが、研究の中で変異体たちの身体の強さや遺伝的な強さも理解していたでしょう。やがて時代が変異体たちにとって変わられる、そこに彼らは恐怖しました。彼らは逃避する形でシェルターにこもるか、或いはドームシティという球体で身を守りながら機械の力、技術力で変異体たちに対抗しようとしたわけです。

 人間たちはこの結末において、自分たちの未来を従容と受け入れる必要があります。すなわち変異体たちこそが自らの種の後継であること。今まで抱いていた優越感や民族的アイデンティティを捨てることは容易ではありませんが、それを成し遂げてはじめて先に進めるのです。幸い彼らの住処であったドームシティは崩壊し、「カナン」の元ネタ的な歴史用語を使うならばディアスポラ状態となりました。それは千載一遇の好機と言うべきですが、これをバビロン捕囚時のユダヤ人のように融和を拒否するか、それとも共にローマ人のようにひとつの存在になれるのか。どちらの未来に行きつくかは、彼らそれぞれの努力次第ということになるでしょう。

 ともかく、カイト=トワイライトは、人間たちはついにカナンを見つけました。
 しかしそれは選ばれた人間たちの楽園ではありませんでした。一握りの人たちの楽園があったとしてもそれは本物ではないことが作品のあちこちから読み取れます。空想の世界に逃げた彼女も、ドームシティもいつわりのユートピアでした。全て失くした上で、作り上げる新しい街、それこそがカナンだったというわけです。
 そしてもうひとつ、作品の底に眠る変異体たちの呪われた出自の問題。こちらについてもルゥリィの犠牲によってカイン=A=ウォーレン博士がようやく目覚めることになります。愛情の自覚によって元凶たるフリッツ・ウォーレンの原罪が浄化されました。
 こうしてフランケンシュタイン・コンプレックスの呪縛と合わせて、この物語を覆っていた幾重もの枷が解き放たれたわけです。

 そこから先はカイトやウルフィたちが作っていく新しい世界、新しい時代。
 それが幸せなものであることを願いながら、カナンへのレビューもひとまず終了となります。

e. そしてミューティアクロニクルの全体解析へ

 ラジカルシークエンスからカナンまでレビューを進めてきましたが、これで終わりではなく、レビュー的にも前半部が終わっただけでここからが後半です。今までは作品単体から考察していただけにすぎず、作品全体を通しての考察や、細かいモチーフの解析などはここから始まっていきます。





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