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∇ 脚注
※1:ウラジーミル・プロップ。ロシアの民話学者。「昔話の形態学」「魔法昔話の起源」などが著書。鷹月のファンタジー解析において、氏の著書は無くてはならない存在です。
※2:昔話の形態から外れると直ちにつまらなくなる、等という事ではないです。しかし、昔話には昔話特有の文体や展開が存在するので、その筋から外れることは、韻文の中に散文を入れてしまうような効果をもたらすのです。


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- DragonQuest1 〜昔話の筋に従った最初のRPG〜

Update: 2001/5/11


はじめに

 DQは解析する価値のある作品と書きましたが、正直1〜3に関してはそれは部分的なものにとどまり、語るべき所はそんなに多くはありません。しかし、4以降の作品は、この1〜3が礎となっていることは容易に理解でき、それゆえ無視して進める訳にもいきません。まあ、ゆっくり進めていきましょう。

 なお、読み手が混乱しないように、これから行う作品解析の目的と手段をもう一度書いておきます。構成要素や筋ひとつの意味、あるいは要素同士の関係を明らかにしていくことで、いかにこれらの作品が緻密に練り上げられたものであるかを知ってもらうこと、そしてそれらの組み方を読み手に学んでもらう事が目的です。

勇者、王、姫、魔王の均衡

 DQシリーズは、今後何度も同じ事を書く事になりますが、なべて昔話・神話を元にしてストーリーが構成されています(ただし2だけは例外)。それも、単に欲しい部分だけ切り取ってくるのではなく、筋そのものも昔話・神話に忠実です。この忠実性をリアリティのために切り捨てたのがFF(特に4以降)なのですが、そのへんの比較は別の章で行うことにして、一先ずDQにだけ焦点を当てましょう。
 DQ1は、ゲームの規模が規模だけに、登場人物の構図が非常に単純です。サイドストーリーのキャラを除き、本筋だけを追うならば、直ちに「勇者」「王」「姫」「竜の王」の4者に絞られます。この構図は「竜殺し」型の昔話にしばし見られるもので(タイトルがまんまドラゴン云々ですしね)、一部で言われるような「DQはアーサー王伝説を元にしている」との指摘は正しいとは言えません。
 竜殺しのモチーフの中で姫が登場する昔話の基本的構造は次の通りです。基本的と書くのは、しばしこれらは変形して使われるからです。

[1] 世界は割と平和だった。
[2] ある時、姫が何らかの理由で外に出たとき、何者かによって略奪される。その正体は何種類かありますが、もっともメジャーなのは大蛇(竜)。
 姫を助けようと王は兵士を派遣するが、みな殺されるか単に辿り着けない。
[3] 異邦者が現れ、姫を救い大蛇(竜)を退治する。
[4] 姫を救った者は必ずその夫となって王に即位し、大団円を迎える。

 DQ1はこの筋に見事なまでに従っています。さらに、V・プロップ(※1)が言うような昔話・神話の起源に従うと、異邦者も単なる旅人では駄目で、二つの資格を必要とします。

[A] 大蛇を倒すための資格。それは即ち自分が大蛇の血を引いていなくてはならない。(=大蛇の属性を持つ)
[B] 大蛇の住む辺境へ行くための資格。

 [A] は背後の背後に潜む決まりであり、竜殺しの昔話をさっと読んだだけでもこの資格については出てきません。ともあれ、ロシア昔話(アファナーシェフ)の中での大蛇の独り言の、「私は誰にも負けたことがない。私を倒すことができるのはイワン王子だけなのだ」を読むとき、ある血統のみが大蛇を倒す事ができるのだ と言うことまでは推測できるのです。
 DQ1の主人公は最初から「ロトの血を引く者」であり、すでに血統が重視されています。では彼が大蛇の血を引くのかどうかについては、はっきりとした証明はできませんが、ロトの祖先が天空人(DQ4〜5でお馴染みですね)であるか、天空人と交わったのであれば、資格を持つと私は考えます 。なぜなら大蛇(竜)とは、太陽(天)の化身であると古代では信じられていたからです。もっとも、この確証をDQに求める必要は流石にないでしょう。
 [B] に関してですが、普通の生きた人間は大蛇のもとにすら辿り着けなかったりします。辺境とは異界=彼方にある彼岸の世界、はっきり言うならば死の世界です。この世界に行き来できるのは、神話学、民俗学的にはシャーマン、即ちは自然現象を司る事のできる人物のみ、とされます。
 ちなみに人間がシャーマンになる為には、儀礼記録によると、その人間の腹を一度切り開き、その中に小さな蛇を入れて戻す、という事をする必要があったそうです。これが本当に行われて居たのかどうかはここで問うところではありません。ともかく、蛇と一体化するという記述に[A]との関連性があることだけ確認しておいてください。
 それで、自然現象を司る古代のシャーマンの役割は具体的に何だったのか。これは明白で、日でりを止めて雨を降らし、或いは大雨を止めて太陽を出現させる(ように、トーテム神に働きかける)ことです。太陽と雨をコントロールする、というわけですが、こう書くと、一つの興味深い関連が浮かび上がってきます。
 DQ1で、竜王の城に渡るには、虹のしずくが必要でしたが、これを得るためには「太陽」の石と「雨」雲の杖が必要でした(加えてロトのしるしも必要でしたね)。そして虹のしずくから虹の橋をかけ、普通の人が辿り着けない辺境へと勇者は渡ったのです。

魔法の道具はどこにある

 先ほどは単語に注視しましたが、もう一つの観点から見てみましょう。主人公は資格があるからとはいえ、竜王の城へはおいそれとは向かえません。「異郷への渡り」タイプの昔話は常にそうなのですが、目的地に行くまでにはいくつかの中継地点があります。これは単に街があるとかそういった意味ではなくて、主人公を阻むための罠であり障害であったりします。そしてこれらすべてを越えていくには、先に挙げた[A][B]以外の助けが必要になります。

[C] 援助者
[D] 死者の与えるもの(=死者に与えたもの)

 この二つの少なくとも一方が主人公を助けてくれます。[C]は妖精であったり、風の魔人だったり、醜い老婆(ヤガー)であったりします。[D]は死者に捧げた様々な道具です。なぜ死者が関係するのか?異郷とは死の世界であるがゆえに、道具は死者にまつわるものでなくてはならないのです。
 それはそうと、DQ1は[D]のタイプを持っているようです。勇者を助ける様々な道具は、直接的に死者から渡されることはないとしても、死者の眠るべき場所から得ます。「にじのしずく」などは地下のほこらから、「たいようのいし」は城の地下、「ようせいのふえ」はリムルダールの温泉から南へ4歩の地面の下、「ロトのしるし」は沼地の中、「ロトのよろい」はドムドーラの木の地面下……執拗なまでに地下に偏ることから、魔法の道具は死者のものである、と言えるのです。城の1Fの宝箱のような場所からは、魔法の道具(主人公の阻む障害から助けるためのアイテム)は何一つ出てこないのは、昔話の筋に従うならばしごく当然と言えるのです。

竜王の名言「世界の半分」

 一番重要な筋の解釈が終わってしまったので、後は、個々のイベントについて少しだけ見ていくことにします。

 さあ竜王と決戦だ、という時に、相手は次のような提案をしてきます。(正式な台詞はちょっとゲームが手元にないため確認できず)
「おまえはなかなか強そうだから、どうだ、私の元に付かないか?そうすれば世界の半分はおまえにやろう」
 これを拒否してはじめて戦闘に入るわけですが、試しに屈してみた人も居たと思います、すると「取引成立、ではおまえには世界の半分、闇の部分をくれてやろう〜」と言う事で真っ暗な世界に閉じ込められゲームオーバーになってしまいます。あの雰囲気から言って、闇の世界をルウ(ディープダンジョンの魔王)のように支配できた感じもなく、まあ詐欺にあったと断言して良いでしょう。

 この「世界の半分」とか「国の半分」というネタも、昔話で時折見られるものです。そしてこれは常に、相手を納得させるためのカモフラージュとして用いられ、事実では決して半分こという形で平和的に解決されたことはただの一例もありません。
 主人公が即位して終わる昔話の結末に、次のようなものがあります。
「こうして姫と結婚し、今の王様と一緒に国を平和に治めました。」
 これも国半分結末の例です。しかし、この類話ではもう1文の続きがありました。
「そして前の王様が亡くなってからは、彼が王様になって、平和に国を治めました。」
 表面的にはスムースに王位継承が行われているように見えますが、裏を読んでいくと、主人公が王を追い落とし、要するに亡き者にしている可能性が大です。なぜそう言えるのかは、昔話の中の「王のおふれ」のモチーフを探ることによる明らかになります。

 王はある時、無理難題を出し、これを遂行した者に娘を嫁にやろうと約束します。
 しかし無理難題の背後には、娘を嫁に出したくは無いという拒否の姿勢が既に見えます。かぐや姫の難題も、誰とも結ばれたくない意図で出したものであることを想起しましょう。この拒否の姿勢の中には、自分が姫の夫によって追い落とされる恐怖が読み取れます。実際、類話の中では、婚約者であるこの男を亡き者にしようと企て、それに気づいた男の方も「ようし、そちらがそんな気なら。すべて約束を果たした後、どうなるか楽しみにしていろ」と敵意を剥き出しにしていることもあります。
 ちなみにこのタイプの昔話は、最後に必ず主人公は難題を遂行し、結婚し最終的には即位します。

 DQの場合は、この半分継承のモチーフを王から竜王に変えて使っています。しかしこうした所で、本筋のまま、勇者が竜王を倒して最後に姫と結ばれれば、今の王が追い落とされる裏の事実には変わりありません。それでは不都合であるために、勇者は結局、アレフガルドから旅に出て、この問題を違った形で平和に解決するのです。もちろん姫を連れて。果たして彼らはDQ2に見られるように、別な国で王国を作ることになったわけです。

結論

 ここまで書いたことは全て私の推測によるもので、別にどこかから資料を取ってきたわけではありません。ゆえに、すべてこの意図に従って製作されていたかという確証は無いわけですが、大部分、特に限定するなら太陽の石や雨雲の杖のような道具は、活用法から命名まで、極めて推測したような意図を皆さん感じてもらえるでしょうし、全体として昔話(およびその起源)の筋を持っている事はまず間違いないと思います。
 これは偶然考えてできるような代物ではありません。堀井氏(あるいはシナリオを考えた人が別に居るならその人)が、いかに深いファンタジーの知識を持っているかを証明するものでしょう。名作はそれを構成する、しかるべき基盤を持っています。決して単なるセンスによって成されるものではなく、色々と学ばなくてはいけないのですね。

 それにしても、こうして考察するに、DQ1はやはりエポックな作品と言うべきでしょう。コンピュータRPGの祖は確かにアカラベス・WIZ・ウルティマです。しかし、それらのパクリに留まらず、正統的に昔話をモチーフにした、おそらく世界で最初のファンタジーCRPG作品を作り上げたわけですし、事実こうした気高さ(透明性と言っても良いです)とジャンルとしての面白さが、その後のRPG人気を作り上げたのです。

おわりにもう少し

 こう書くと、DQ1はまごう事なき傑作だと私が言っているように思えますが、別にそういう訳ではありません。昔話の筋に従いきれず、そのため意味を半ば喪失してしまった部分や、筋の演出に弱さが見られたりします。一例を挙げておきますと、中盤ではやくも王女ローラを救えてしまう事です。竜殺し型の昔話では、略奪者(竜)を倒し、王女を救い帰還し、結婚/即位が続きます。ローラ姫の救出前にはドラゴンとの戦いはあり、筋に沿っているように見えますが、この竜はザコモンスターであり、略奪者ではありません。先行するべき略奪者との戦いが後回しになってしまったことにより、勇者はその後の冒険の理由を殆ど失念します。昔話には憐憫とか正義感のようなものは、キリスト教の影響を受けるまでは見られない現象であり、依頼の遂行でいかなる利益を得られるかという事をこの勇者に納得させなくてはいけません。言ってみれば王と勇者との取り引きです。そのため、結婚と即位の確約である「おうじょのあい」なるアイテムを勇者に渡すことになったわけです。しっかりとフォローが入っているところは見事としても、つぎはぎの感は否めません。
 勿論、この作品がいったい何年前に作られたのかという事実、当時のROMカートリッジの容量など、これらで思うようなドラマチックの演出ができなかったというのもあるでしょうから、こんな細かい所の指摘は、「そんなこと言ったって」と言われるべきものでしょう。まあ、そんな所まで見てしまう人も居るんだな(※2)という風に思ってやってください。

 とりあえず、作品解析の第1回は以上です。感想などいただけると嬉しく思います。

- 鷹月ぐみな


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