時計台の住人

時計台の住人 (1995)

著/鷹月ぐみな


プロローグ

 ボーン、ボーン……。
 時を告げる、低い鐘の音が鳴り響く。それは、この街のシンボルともなっている時計台から発せられたものであった。人々は一時間に一度鳴るこの音を聞きながら、一日の生活を続けている。心に響きわたる、と評されるこの時計台の時報は街の人にとても親しまれていた。
 しかし、この音を苦痛としか聞き取れない者が若干名存在した。
「あ……あいかわらず、うっせェ……」
 耳を塞ぎながら、不機嫌な顔を浮かべる黒髪の青年がいた。
 歳のほどは16前後、背の高さは166センチくらいか。ただ、やや皮肉げな瞳が見かけの歳を1歳ほど上げているようだ。容姿はカジュアルな青のベスト、クリーム色のジーンズと、いかにも若者らしい服装だ。
彼は机の前に座り、右手に持った鉛筆で、何やら書き物をしていたところであった。ちょうど「真上」から響いてくる大音声では、作業なんかできたものではない。恨めしげに彼は天井を見つめつつ、塞いだ耳の中に入ってくる鐘の数を数える。ちょうど十回を数えたところで音はしん、とやんだ。
 ばたん。
 ちょうど時報が鳴りおわったというところに、部屋の扉が開けられた。
「おじゃましまーす」
 透き通るような声とともに、黄緑色という珍しい髪をした、おとなしそうな感じの少年が入ってきた。
 飾りであろう銀色のボタンがいくつも付けられている黄色のセーターに、白のズボンは普通なのだが、肩からはやはり装飾目的の、よく分からないピラピラの布地に銀のベルトとなると、青年とはうってかわって、少年らしからぬ服装である。しかし不思議な事に、この少年にはそれがピッタリ似合っていたりする。

「タスクさん、飲み物いかがですか?」
「タトエルか。……さんきゅ」
 彼は少年……タトエルから橙色のジュースの入ったグラスを受け取る。そして一口飲んでから、彼はタトエルに呟いた。
「ずず……なあ、なんで十回も鳴るんだよな。下に住んでいる人の事を全く考えてないぜ?」
「それは、この家の家賃の安さにつられて住んでいる僕らが言う台詞かということに問題があるのですが…」
「頼むからツッコむな、タトエル」
 タスクという青年は、やぶにらみの顔を一度タトエルに向けると、再び机に向き直った。
「一番痛いところをついてくるんだからなあ……」
「あれ、何をやっているんですか?」
 タトエルは興味を引かれて聞いてみた。
「勉強」
 つまらなそうに答える。
「一週間後にテストがあるんだよ」
「テストですか。……偉いなあ、タスクさんは。仕事があるのに、学校にも通っているなんて」
「まあ、学校に関しては義務みたいなものだからな。偉いとかそんなもんじゃないよ。……それよりヤバいな。全然解けねー」
 タスクはタトエルの方を振り返りもせず答えた後、軽く舌を打つ。
「難しいんですか?」
 タトエルは横から机の方を覗き込む。数学の教科書らしきものとノートが置いてあった。ノートはまだ使いはじめたばっかりなのか、全然進んでいない。
「ああ。……駄目だな、やめよ休憩だ休憩」
 タスクは鉛筆を放り出し、肩の後ろで手を組み一つのびをした。
「勉強ばっかりやっていても効率は上がらないなあ。なんかいい息抜きはないかな、タトエル?」
「息抜きですか……<DM(ダブルマトリックス)ゲーム>ぐらいしかないんじゃないですかね」
「DMゲームねェ。あれもちと飽きたからな……もっと楽しいものがいいなあ」
 と、言いかけて。
「タースークー!!」
「うわっ!?」
 いきなり背後からオクターブの高い声が響いてきた。どきっ、としながらも声の主の方を振り向くタスク。
 果たして声の主は女性であった。廊下を突っ走って部屋に入ってくる。歳のほどは17、8といったところだろうか。栗色の髪をした元気そうな少女である。純白の服に、青と紫のチェックの入った長スカートといった服装である。
「なんだアリエスか……そんなに息せき切ってどうしたんだよ」
「うふふっ、仕事よ仕事! おしごとが入ってきたのよ!」
 アリエスと呼ばれた女性は嬉しそうに答えた。「チェアがすぐ来てってさ、いま<DM>の方から連絡があったの。いやー、これでけだるい昼は回避できるわねー」
 それを聞いて、タスクの顔がぱっ、明るくなる。
「グッドタイミングだなぁ! 俺もちょーど暇してたとこだったし」
「勉強はいいんですか?」とタトエル。
「勉強?」
 アリエスはそれを聞いて、タスクの座っている机の前に来る。
「あー、大変ねぇ。学生やってなくて良かったわぁ。……ページが進んでないけど、難しいの?」
「1時間かけても解けないよ、悪かったな」
「ふんふん……」
アリエスはタスクの弁明を聞きつつ、教科書とノートをぱっ、と眺めた。そして一言。
「答えは21πね」
「………」
 タスクは何も言わず教科書をめくり、答えだけが載っているページを開いた。そして口元を歪める。
「……あってやがる……人間じゃねェ」
「人聞き悪い事言うわねー! あたしは人間よっ。ただ一つ普通の人間と違うところは、天才なだけなの。あーあ、これで美貌まであるんだから罪よねー」
「美貌はほっといて……」
 またいつもの癖が始まったかとタスクは溜め息をつきながら、
「とにかく、チェアの呼び出しなんだから、早く行こうぜ。<レイダー>の出番だ!」

 ここは、エテルナと呼ばれる電脳世界の中である。
 およそ百年ほど前に優秀な科学者たちが、三次元の現実世界から離れたところに存在していた<磁界次元>を論理開拓(コンピューターにデータを打ち込んで世界を作っていくこと)してできた世界である。分かりやすく言えば「箱庭世界」である。ただ箱庭とはいっても、その広さは現実世界の数倍ということでもはや箱庭の範疇を超えるかもしれないが。
 そして人間はこの世界の中に、<電脳化>という経過を経て入ることができる。当初は企業たちがいろいろなイベントを起こす場所として、また、濁りきった現実の世界環境に嫌気がさした人たちが望んだ理想郷として、少しずつ設計されていった。その世界の深遠さと有用性は徐々に注目され、一般の人々の居住する二番目のリビングタウンとして、また壮大なバーチャルリアリティーゲームの舞台として、どんどん世界範囲は増幅されていった。それにつれてエテルナの全人口も急増し、たった80年で登録人数が五十億を突破したのであった。
 しかし、エテルナの創設八十年目に、とんでもないことが起こってしまった。ある日いきなりエテルナの全ての場所において、現実世界との交信が取れなくなり、また電脳世界との移動もできなくなってしまったのだ。「現実世界は<消失>した」と報じられた。エテルナに来ていた人たち全て、この世界に閉じ込められてしまったのである。
 結果として平穏に暮らせるのならばまだ良かった。しかし、何らかの理由においてエテルナで死んでしまった場合、これまでは現実世界に移送されるだけですんだので何も恐くなかったはずなのだが、戻るべきところを失なった今では、それは本当の死を意味していた。またその恐怖をかきたてるように、<消失>による影響として<ひずみ>と呼ばれる怪物たちが現われたりとか、「死んでも大丈夫」を前提にしていた遊戯目的世界では前提が崩れ、恐怖のるつぼと化していた。
 それでも人々は、毎日を生きぬいていこうと努力していた。身の上を嘆こうが嘆くまいが、時は無情にも過ぎていくだけなのだから。もはやエテルナは彼らにとっての現実世界に他ならなかった。

-1-

「ロゼルフ氏が殺されて、VIDカードを盗まれたんです」
 ソファーに座ったタスクとアリエスに向かって、チェアは言った。歳のほどは19前後だろうか、ストレートヘアの黒髪を持ち、どこか寂しげな印象を持つ女性。
 チェアは、オペレーターである。オペレーターとは、このエテルナのシステムを管理し、異常があるとそれをシューティングするという職業である。またいろいろな捜査司令権も持っていて、犯罪事件については普通は都市警察が調査することになるのだが、手がかりが極めて薄い事件やエテルナシステムを利用した件についてはオペレーターが担当することになる。
「VIDカードって言うと、お偉いさんが使ってるIDカードだったっけ?」
「そう。VIP-IDの略ね。確かこれがあると、ノーチェックで色々なサービスが受けられるのよね」
 アリエスがタスクの問いに答える。
「そうです。おそらくアステリアのデータバンクに侵入して、シークレット情報を引き出しているでしょう」
「で、俺たちがその犯人を捕まえればいいのか?」
 タスクはチェアに聞いた。
 しかし彼女はかぶりを振って答えた。
「いいえ。私の仕事は確かにそうですけど、タスクさん達に頼みたいのは、その犯人の名前と居場所を突き止めてもらうことなんです。犯人の特徴および目撃証言はまったく掴めていません」
「名前と居場所だけ? それを突き止めたら後はどうするんだ?」
 タスクは訝しげに訊ねる。
「後は……私が何とかします。それよりどうでしょう、受けていただけますか?」と、チェア。
「それぐらいならいいけど……」
 アリエスはコーヒーを飲みつつ言う。
「でも、<レイダー>としては物足りないわ。あたしたちが犯人の捕獲をしちゃいけないの? それともあたしたちの手に負えないような、組織ぐるみとか……」
「組織が絡んでいる可能性は今は考えていません。ただ、ロゼルフ氏を殺した手口から見て、相当の危険がつきまとうと思われるので、二人だけに頼むのはいけないって……」
「でも俺達以外には、都市警察しかいないんだろ? 彼らよりは<レイダー>の方が役に立つと思うぜ。なあチェア、俺達を信用して任せてみないか?」
「信用はしていますが……いいんですか、タスクさん、アリエスさん? ……それじゃあ、お願いします」
「よし、決まりね」
 アリエスがにこっと微笑む。
「後は任せといて、チェア。まずは犯人の名前と居場所ね。ふふふ、五分以内にやってみせようか?」
「おお!?」
 タスクが素っ頓狂な声をあげる。
「おいアリエス、どうやって五分以内に居場所なんか確定するんだよ。情報が全くないっていうのに」
「えへ、あたしは天才ハッカーだもん。むこうがVIDならこっちもVIDのIDで<DM>に侵入するだけよ。タスクはソファーで見物していなさい。えっとチェア、端末とモニター借りるわね」
「あ、はい」
 何をするんだろう、という顔でチェアは自分のデスクから下りて端末の場所を空ける。
 アリエスは懐から一台のポケットコンピューターと、端末に繋げるコードを取り出す。
「うふふふふ、待ってなさい犯人さん」
「恐い……」
 タスクはソファーを後ろに引きずらせながらおもわず呟く。アリエスはコードを端末に接続したりコンピューターを立ち上げたりとてきぱきと作業を行なっている。ほどなくアリエスから合図が出る。
「オーケー。二人ともモニター見ててね。面白いものが見れるわよー。じゃ、<DM>に行ってきます!」
 DM(ダブルマトリックス)というのは、エテルナの中を駆け巡る通信システムである。端末とパソコンさえあれば誰でも中に入り、色々な情報を得ることができる。但しもちろんIDによって引き出せる情報やサービスに制限があったり、シークレットな情報にはプロテクトがかけられていたりもするが。また、情報入手だけではなく音楽を聞いたり、また同時通信ゲーム(DMゲーム)などもすることができるのである。
「……ほい、偽装パスワード通過。……ほい偽装マクロ始動。……よし、シークレットバンク侵入、うふふ」
 アリエスがぶつぶつと呟いている。DMに侵入している間は精神は全てそちらに向けられることになる。
 そして3分ぐらいたった頃だろうか、モニターが明滅しはじめる。
「凄いわね、アリエスさん。どこかの施設の分離システムに侵入したみたいだわ……」
 チェアが感心したように呟く。彼女もオペレーターとしての職業柄、ある程度DMの事は知っているのである。
「施設のどこかのモニターにジャック・インするんですね、きっと……」
 と、スピーカー付きのモニターから一瞬ノイズが発したかと思うと、次の瞬間モニターは一人の男の姿を捉えていた。黒服を着て煙草をふかしている長身の男、歳は30前後といったところである。何やら満足げな笑みを浮かべている男の顔からは尊大な性格が伺える。
「あのー、こんにちは!」
 アリエスが唐突に声を発した。男はいきなりの声に驚き、慌ててあたりをキョロキョロと見回す。そしてモニターを覗いてまたぎょっとした。
「な、なんだ、貴様は!?」
「はじめまして、あたしの名前はアリエス=セルムーン。エテルナ一の天才ハッカーです、以後よろしくっ」
 楽しそうに、しかしどことなく相手をバカにしているような笑みで答える。
「ど、どこから入ってきたんだ……何のつもりだ!」
 相当動転しているらしく、眉と口元をせわしなく動かす。
「そりゃあもちろんダブルマトリックスから。えっと、お茶に誘おうと思ったんです」
「嘘つけ! 何が目的だ!」
「ええ? あたしが嘘を言う人に見えるんですか、この美貌の持ち主に向かって?」
「ふざけるな!」
「えっと……分かったわ……貴方の名前はヒルシェイル。で、場所は銀鈴街の3-2か。もういいわね、えっとヒルシェイルさん、あなたをロゼルフ氏殺害の犯人ということで逮捕しまーす」
「な! ……しまった、時間稼ぎか!! くそ、警察の犬め!」
男は懐から何やら銀色のものを取り出して。
 だきゅん、という乾いた音。
 そして、モニターは真っ黒くなり、ザーというノイズに変わった。アリエスはパソコンをぱたん、と閉めて。
「はい、これで終了。さっさと追わないと逃げちゃうわよ」
 と、振り向いて自慢げに微笑を浮かべる。
「やるなあ……」
 タスクはううん、と唸る。
「本当に五分で終わっちゃったよ……」
「ま、天才のあたしにしてみれば造作もないことよ、えへへ」
「すごいです……間違いなく私よりオペレーターに向いていますね、アリエスさんの方が……」
「あたしはオペレーターには向いてないと思うけどね。さ、早く捕まえに行きましょう。あの犯人なかなか曲者ね。所持禁止の銃は持ってるし、データバンクに侵入したときの記録と痕跡も消去してたし。逆に辿っていくのは結構大変だったわー」
「アリエスの方が曲者だと思うがな、俺は。……よし、んじゃ急いで行こう! チェア、ここで待ってろよ。捕まえてくるから」
「はい、お願いします!」

-2-

「いたっ! あれよ、ナンバー6532、ねずみ色のアースサークル!」
「おっけ、追跡開始! ……しかしアリエス、どうやって犯人の車まで割り出したんだよ?」
 タスクは運転席でハンドルを握りながら、助手席で座っているアリエスに問い掛ける。
「それは簡単よ。あの施設、駐車場にも監視カメラが回っていたからね。そこにジャックインしたらお目当ての車を見つけたわけ」
 アリエスは地図を広げながら、犯人の車の逃走経路、方向を予測している。
「タスク。あの人、街の第七区画に向かっているわ。この辺りは道が険しいから見失わないように気を付けてね」
「ああそれなら大丈夫。運転技術は俺の得意分野だからな」
「数少ない?」
「タトエルみたいなツッコミをするな……」
 ジト目でアリエスを睨むタスク。
「あ、はは……ごめんごめん。ところでさ、あの逃げ方ってやっぱり、気づかれてるの?」
 件の車は、次々と交差路があるたびに減速せずに曲がっていっている。
「あれだけあからさまな逃げ方をされちゃ、誰でも気づくよな。……しかしやつ、よくこっちが追跡しているって分かったもんだ。一応隠れて追ってたんだが」
「あーそれは多分、VIDカードでこちらの情報を取ったんじゃないかなあ。あたし名乗っちゃったし」
「何で名乗らなくちゃいけなかったんだ、あそこで?」
「正統派ハッカーとしてのあたしの礼儀なの。普通の相手なら逆ハックされない自信もあったし。まあこの相手にとってはさすがに無理みたいだったね。むーVIDカードっていいなあ。欲しいなー」
「レイダーから泥棒に転向するか?」イヤミそうな笑みを浮かべるタスク。
「冗談に決まってるでしょ。それより犯人は、どーやら街の端っこ、<ユニット>乗り場に向かってるみたい。この街から脱出する気で居るわね」
「<ユニット>か……確かに頭がいい犯人だな」
 ユニットとは、街から街へ移動するための移動手段の一つで、車に良く似た形状をしている。車が平均速度が60キロなのに対してこれは200キロである。またこちらは運転する必要がなく、ただ目的地を指定すればあとは自動的にその街の発着場に連れていってくれるのである。ユニットは常に位置情報を「ユニットセンター」という所に送り続けていて、進行方向もセンターからの信号で決められる。よってたくさんのユニットが縦横無尽に走っていたとしても、衝突することはない。センターにトラブルが起きない限りの話だが。
「アリエス、やつがユニットに乗ったとしてその目的地はハックできるか?」
「うん。目的地を設定していれば、センターに情報は入るからね。そうすればあたしたちもユニットで追っかけられるよ」
 アリエスはそういって頷く。
「……ま、悪い予感が当たっていなければだけど……」

「要するに、その悪い予感ってやつが当たってたってことか」
 アリエスの話を聞いて、タスクは一つ舌打ちをした。
 ここは、ユニット乗り場の発着場(プラットホーム)である。タスクとアリエスはここで足止めを食らっていた。ユニットの受け付けの人の話によると、犯人はVIDカードを使って、「手動ユニット」に乗っていったというのだ。これは、センターからの信号で自動回避機能を持ちつつ、手動運転ができるという高級車両である。一般の人はこれには乗れないようになっていたし、一台しか用意されていなかった。
「手動ユニットだから、目的地情報をセンターに送ってないってのか……VIP用のユニットって、ハッキング対策もできてるってことだな、ち……アリエス、どうしようか?」
「うーん。識別番号は取れるから、その車のおおまかな進行方向ぐらいなら分かると思うけど……」
「しかしそれじゃ目的地は推測しなければならないから、当て勘になるな。相手が着いた情報を取ってからじゃあ遅すぎる……」
 逃げられたかな、という苦しい表情を浮かべる。と、アリエスがひらめいたような顔をする。
「あ、いい方法見っけ」
「…………」
 タスクはその瞬間底冷えを感じた。アリエスがこんな風にひらめいた時にはロクなことがない。
 アリエスは突如駆け足で、近くのユニットへと走り出す。
「タスク、急いでユニットに乗るわっ!」
「ええ? 目的地はどうするんだよ」
 タスクは追っかけながら聞いた。
「いいから乗って!」
 アリエスに続いてタスクが普通のユニットに乗り込む。高速運転をするために耐震構造になっているのか、足場が高くなっている。アリエスは乗り込んだが早いか、懐からコードを取り出して端末に接続し、パソコンを取り出してかちゃかちゃと操作をする。
「何をしているんだ?」
「ユニットセンターにアクセスして、偽のデータを流し込むの。結論から言ってしまうと、このユニットを手動ユニットにしてしまうわけ! よし発進!」
「うぉうっ!?」
 ぎゃぎゃぎゃっ、とエンジンが動き出したかと思うと、ユニットは急に動き出した。
「何だって! この車を手動なんかにできるのか!? ハンドルもないのに……うわっ、いて!」
 がくん、と加速したときの反動でタスクはこめかみを窓ガラスにぶつける。
「大丈夫、運転は今あたしがやってる! センターに情報を送ってるから。それより舌を噛まないように注意してねっ」
「……っておい、何だよこの速度メーター300キロってのは!! <ゲートトレイン>だって280キロだぞー!?」
 景色がまるで万華鏡の位置をずらしていくかのようにパッ、パッ、と変わっていく。
「遅れを取ったんだから、速くするのは当たり前! そんなことは小さいの、他の危険に比べれば!」
「他の危険って何だよ?」
「違法ユニットだから、現在地点情報がセンターに記録されないの。…………つまり、こーいうことぉ!」
 びゅいん、っと目の前に、一台のユニットが横切っていった。あとコンマ1秒速ければ衝突していたはずだ。
「自動回避機能がない!? ……ちょっと待てー!」
「大丈夫っ! あたしの運転を信用しなさい!」
「できるかーーーーーーーーーーっ!!」
 びゅんびゅん、と目の前や後ろをユニットが掠めていく。タスクの絶叫がしばらくユニット内に響き渡った。

「とうとう発見したわ、あれよっ!」
「……一度も死なずにここまで来れたのは奇跡に近い」
 頬を引きつらせながら、自分の幸運に感謝していた。それでも寿命が少し縮んだであろうが。
 正面のガラスごしに、紫のフォルムのユニットが見えていた。手動ユニット、別名「VIPER(バイパー)」である。相手は気づいているかいないか、そのまま進んでいる。位置的に行って、あと6キロぐらいで発着場のはずである。
「……タスク、どうすればいい? チェイスする、それとも速度を落として相手を先に発着場に到着させる?」
「問答無用で後者だな。200キロオーバーでカーチェイスなんかしてみろ、ぶつかれば爆発炎上がオチだ」
「分かった。それじゃ……って」
 アリエスが言葉を止め、相手のユニットの方を見る。
 紫の「バイパー」の助手席から、一人の男が顔を出した。例の犯人の男とは人相は違っている。そしてその腕には、黒いものが握られていた。
 ドンッ!
「拳銃か! まずいアリエス、左右どちらかに避けろ!」
 タスクは叫んだ。
「避けろって、……きゃあ!」
 パリン、という音とともに後部座席の窓ガラスが撃ち抜かれる。瞬く間に後部座席はガラスの破片でいっぱいになった。
「アリエス、 急ブレーキだっ! 急げ!」
 と、怒気をはらんだ声で言うタスクだったが、アリエスは1秒ほど考えて……。
「……ブレーキの信号ってどれ??」
「確かめとけーーーー!!」
 タスクが絶叫する。
 ドキュン!!
 そして次の瞬間、銃声とともにユニットの前輪タイヤが撃ち抜かれた。ユニットは安定を失なって……。
 空に舞い上がった。
「きゃああああああああああああっ!!」
「うわぁー! くそお!」
 20メートルほどの空中での逆さ状態。タスクは叫びながら、サイドにあるドアの取っ手を強引にねじり、開けようとする。
 バッ,という風の音とおもに、ドアが開く……というか、そのまま外れて空に離散する。
「アリエス!」
 タスクは混乱して叫び声をあげているアリエスの手を強引に掴むと、足に力を入れて、そのまま足元を蹴り飛ばす。二人は車から、空中へと飛び出す。
「……Ferrasa Deo!!」
 タスクはもう片方の手を天空に掲げておもいっきり叫ぶ。
 次の瞬間……ユニットが地面に激突し、爆発を起こした。赤き炎に包まれる。
 タスクとアリエスは、その爆発地点の、遥か上空に居た。
 二人は宙に浮いていた。
 タスクは気を失ったらしいアリエスをしっかりと抱きかかえながら、下を見おろして呟いた。
「間、一髪だったな……」

-Intermission-

「ごめんねタスク。あたしが無茶やりすぎたんだ……」
 エッダーという街の中を二人は歩いていた。タスクは傷を負ったわけではないのに、何故か脂汗が浮いていた。そんなタスクに話しかけるアリエルからは、いつもの勝ち気な気性が感じられない。
 そんなアリエスに対して、タスクは静かに首を振った。
「いいや。アリエスのやったことは、そう間違っちゃいなかった。ただ相手が一枚上手だっただけだ。まあ、結果的に無事だったんだ、それで十分だろう、俺に謝ることなんかないさ」
「うん……ありがとう、タスク……」
「それより、これはチャンスだな。やつは俺達があの爆発で死んだものと思い込んでいるはずだ。居場所から動きはしないだろうから、休憩したらすぐに場所を突き止めて、強襲をかけようぜ」
「あの……そーはしたいんだけど……」
 もじもじしながら、アリエス。
「何かまずいか?」
「いやぁ……場所を突き止めたいのはやまやまだけど……あたしのパソコンがさっきの爆発と共にお空に行っちゃって。近くのショップに行って、新しいの……買ってくれないかなあ、タスク」
「ふう……」
 タスクはため息を付く。
「今回の仕事の報酬で、環境のいいマンションに引っ越したかったんだが、当分まだまだ時計台の住人ってことだな。これは」

-3-

「ここでいいんだな、アリエス?」
「うん。目撃情報と、あたしの調べた結果が一致してるわ。……見るからに怪しいところね」
 エッダーの街のアウター地帯。とある灰色の廃ビルを目の前にして、二人は小声で話し合っていた。あれから新型の携帯パソコンを購入し(むろん分割)、アリエスがDMに入って犯人の居場所と思われる場所を検索し、とうとう見つけたところだった。二人は今、腰にスタンガンを着用していた。但し二人ともそれほど得意という訳ではないらしいが。
「入るぞ、いいなアリエス、準備は?」
「いいわ。ばっちぐーよ」
 腰の銃の感触を左手で確かめるようにしてからタスクに答える。
 タスクはそして、廃ビルの中へと入って行った。アリエスも僅かに遅れて付いていく。
「む? お前は誰だ?」
 まずタスクの前に、一人の黒服の男が立ちはだかった。例の犯人の仲間か部下か。
「ここはお前のような……ぐわあ!!」
 タスクは問答無用で蹴りを食らわした。いきなりの肉体攻撃を避けられず、そのまま地面に倒れる。そして次の瞬間、アリエスの撃った銃が男にヒットし、そのまま気絶した。
「よし、走るぞ!」
 奥へ向かって走り始める。と、
「やつらを殺せ!」
 ダン、ダン、ダキューン!
 次々と銃声が鳴り響いたかと思うと、壁や床に穴が穿たれ、そこから煙が立ちのぼった。タスクの前には三人の男が、それぞれ物影から拳銃で撃ってきたのである。
「タスク!」
 アリエスが思わず声をあげる。
「まかせろ。……Ciliper Dewona!」タスクは、何やら言葉を紡ぎ始める。と、タスクの体から緑色のもや、のようなものが立ち上ぼっていった。
「なんだあれは?」
「構まん撃て!」
 ダキュンダキュンと黒服の男たちは銃を発射する。しかし、銃声だけであった。彼らの撃った弾丸は、空中に静止していたのだ。パチパチと、そこから放電しているらしく小さな音を発するだけであった。ほどなくぽとっ、と弾丸は全て地面に落ちた。
「……どうだ?」
 にやり、とタスクは凄みをきかせた。
「ば、バケモノか!?」
 次の瞬間、タスクは腕を正面……敵のいる方向……に向けると、言葉を発する。
「……Resume Blast!!」
 ぴかっ、という稲光。タスクの腕から電撃が走った。すぐにそれは一瞬の内に敵全てを取り巻いた。
「ぐわあああ!!!」
 彼らは感電し、断末魔の叫びにも近い声をあげた。そして次々と地面に倒れていった。
「…ひ………きさま……エ……レ……マージか……」
 倒れたうちの一人がタスクの方に怯えたような表情を浮かべて呟き、そして気絶した。
 あたりは再び静けさを取り戻す。
「ふうっ……」
 彼は敵がいなくなったのを確認すると、壁に寄りかかって一つ息を付いた。
「タスク、大丈夫?」
「ああ、大丈夫。<魔法>でちょっと疲れただけだ。……さあ行こう。この先にやつがいるはずだ」
 アリエスはこくん、と頷いた。それを見てタスクは体を起こすと、奥の通路へと進んでいった。アリエスもそれに続く。
「あ……れ?」
 アリエスはふと、何か違和感を感じたような気がした。それをタスクに言おうとしたとき。
 彼女は天井から発せられた光……光線を見た。そしてまた、その光線がタスクの体を貫くのを見た。
 ほとばしる血飛沫。彼女の絶叫。
「タスクーー!!」

-4-

「携帯銃ではさすがに命中率が低いし、気配のせいで撃つことがバレてしまうが、固定型のレーザーならばそうもいくまい。ただ初期型だから、決まった地点以外狙えないのが残念なんだが」
 火炎銃を構えた三人の部下を後ろに従え、通路の奥から現れたのは、にやにやした笑みを浮かべ、煙草をふかしている男……ロゼルフ殺害の犯人ヒルシェイルに他ならなかった。
「まさかお前たちが生きているとは思わなかったよ。……そうか、お前たちはレイダーだったんだな。どうりで、都市警察にも引けをとらない部下がた易くやられたと思ったよ」
 タスクは片ひざを付いたまま、ヒルシェイルを睨んでいた。腹部から背中にかけて貫通した傷が見るからに痛々しい。アリエスはタスクの後ろで彼の状態を心配しながら、銃を四人に向けていた。
「くぅ……痛てぇ……」
 タスクは相当にダメージを受けているらしく、体が痙攣していた。
「お嬢ちゃんはその危ないものを下げた方がいいぞ。そちらが撃つより速く、私の部下はお前を撃てる」
「VIDカードを盗んで、あなたたちは何を企んでいるの?」
 アリエスはヒルシェイルに向かって問う。
「時間稼ぎのつもりかな? まあいい答えてやろう」
 男は髭のあたりを手で擦りながら言い出した。「不死体の存在は知っているかな?」
「不死体? 話には聞いているわ。たとえ死んでも、それはかりそめたる電脳体の体が滅びるだけであって、精神はそのまま抜け出して、また新しい電脳体を得ることができるという存在のことね」
「そうだ。さすがに天才ハッカーと自称するだけのことはあるな、エテルナのオペレーターバンクにも侵入したな貴様。……そう、その不死体に関する情報を集めるために奪い取った」
「不死になろうとしているのね、要するに」
 ヒルシェイルは両手を広げて、そして言った。
「エテルナは本来不死の世界だった。再びその権利を得るだけのことだ、悪いことではないだろう?」
「その為にロゼルフ卿や、彼の部下たちを殺したってわけね。それだけですでに悪党じゃない」
 アリエスは恐れたそぶりも見せずにせせら笑いを浮かべる。
「あなたのように、社会というものを無視して自分の理想だけを追う人ってのをエゴイストって言うのよ。知ってた?」
「……命だけは助けてやろうと思っていたが、気が変わった。この場で殺すことにしよう」
「お生憎様。あたしの一番嫌いな人間に命を救われることこそ恥だしね」
 冷や汗が浮かんでいることを自分で悟りながら、それでも言い放った。
「残念だ。撃」
 ヒルシェイルが命令を下すべく後ろを振り向いた時。
「Resume Blast!!」
 タスクは辺りの空気を突き破らんか、という声を発すると同時に、彼の腕から電光がほとばしった。瞬く間にヒルシェイルの体を包み込み、そして爆発音とともに電光が弾ける。
 そして……無傷のヒルシェイルがそこに立っていた。
「何ィ……!!」
 何とか立ち上がりながらも、肩で息をしているタスクが思わず叫ぶ。
「先程モニターカメラを見ていて、お前が「エレマージ」……電子魔法の使い手、である事は分かったよ。エテルナに住むものにとってはまさに恐怖の存在だ。……しかし調査不足だ。私がロゼルフ議員を殺したときに、一人のエレマージも殺していることを調べていれば、効かぬということも分かっていたろうに」
「何故効かない……」
「それはあの世で考えることだ」
 男がそう言うと、タスクとアリエスは表情を硬くする。それを見て、
「……おっと、もちろん銃を使ったところでまたお前は術を唱えるだろうし、肉体戦でもそちらが有利だということも知っている。古風な手を使わしてもらうよ。どれ」
 ヒルシェイルは、懐から銀色に光った長いサバイバルナイフを取り出す。
「その傷で躱せるかな、はは!」
 男はナイフを持ち、軽く前に振り払う。
 タスクは後ろに下がろうとするが避けきれず、ばしゅ、と左腕に赤き裂け目が生まれ、そこからも血が流れはじめる。
「タスク!!」
 アリエスはタスクを庇うべく前に出ようとしたのだが。
 その時、彼は後ろの手をサッ、サッと動かした。声を介さない「合図」であった。そしてその合図とは、「逆、用意」であった。彼女は何だろうかと考えたが、次の瞬間はっ、と彼の意図を読み取っていた。
 彼女はタスクのせいで死角になった右手で、こっそり懐にしまっているパソコンのスイッチを入れていた。タスクが時間を稼いでくれるのを期待しながら、勘でキーボードを叩いていく。そして、タスクが後ろに下がっていくのと同じスピードで、じりじりと下がる。
「逃げるつもりなのか! これは笑える。攻撃も満足に避けられないくせに!」
 ばしゅっ! 今度は脇腹の辺りを軽く掠められ、やはり赤い切り傷が生まれる。それでも彼は後ろに下がる。 「……そろそろ諦めるがいい。これで決めてやろう」
 ヒルシェイルは勝利を確信した声で、ナイフを頭上に掲げる。タスクは一歩下がって、その時を待った。
「死ね!」
 と、ヒルシェイルが前に前進しながら、ナイフを振りかざした瞬間。
 タスクの目の前の天井からぴかっと光線が発せられ、ヒルシェイルの体を貫いた。
「あ!?」
 彼は何が起こったのかを理解して、そして胸から血を流しながら地面に倒れた。
「ボスう!」
 あまりに唐突な形勢逆転に、銃を撃つことを思わず忘れる手下たち。
「こ、固定レーザーが……なぜ……私を?」
 信じられず、血に染まった手を見ながら呟くヒルシェイル。
 アリエスはにこっ、と笑みを浮かべてそれに答えた。
「あなた知っていたでしょう? あたしは天才ハッカーだもん。無線から、建物内のこのレーザー発射システムを乗っ取ったのよ、えへっ」
「く……う、撃て……」
 重傷のヒルシェイルはうめきながら命令を発する。
 それに応じたのか、三発の銃声が通路にこだました。
 しかし、次の瞬間倒れていたのはタスクとアリエスではなく、三人の部下たちであった。
「え……!!?」
 その光景を信じられず、呆然とする二人。不意に後ろから声がかけられた。
「どうやら……間に合った、みたいです……ね……」
 二人は同時に後ろを振り向いた。そこには、知っている顔があった。
「……追ってきて……良かったです。今度は、私があなた方に……借りを……返しました、よ……」
「「チェアぁ!?」」
 そう、そこには銃をもって震えているチェアが一人立っていた。

-Epilogue-

 ボーン。ボーン。ボーン。ボーン。ボーン。ボーン。ボーン……
「やかましい!!」
 思わず机を叩くタスク。隣に居たタトエルディーが思わず後ずさる。
 ここは、時計台のあるマンションの一室。タスクが勉強をしていると、いつものように轟音が襲ってきた。
「くそ! 勉強の進みが思わしくないのは、一時間に一度やってくるこいつのせいだ!」
「じゃあ、耳栓を付ければタスクさんはテスト100点間違いなしですね」
 嬉しそうに答えるタトエル。
「お前が皮肉を言うようなやつだったら殴ってやったのに」
 残念な顔をして呟くタスク。
「……ところでタスクさん、傷のほうは大丈夫なんですか?」
「ああ。オペレーター紹介の医者に、3日の休養のおかげで、すっかり癒えちまった。凄いもんだ」
 タスクはお腹の辺りをさすりながら、感心したように言った。
「オペレーターですか。そういえば、チェアさんが現場に来たんですよね。いったいどうやって場所を知ったのかなあ」
「俺の服に発信機を付けていたそうだ。チェアもおどおどして、なかなかやるよな。銃の腕も人間業じゃないし……ぶるぶる、あいつはあいつだし……女って恐ろしいなあ……」
「え、誰が恐ろしいってー?」
 唐突にドアがバタン、と開けられたかと思うと、アリエスが入ってきた。
「何の話をしてたの?」
「ん、チェアの話」
 気づかれなかったかな、と内心冷や汗をかきながら答えるタスク。
「借りを返すっていうやつ。……別に俺達は貸しなんか作った覚えはなかったんだけどな」
「3ヶ月前の例の件を気にしてたのねー、きっと。しっかし、レイダーがオペレーターに助けられちゃったね」
「情けないと言えば情けないよな……。あ、そういえばアリエス。俺は寝てたからあれからの事はあんまり知らないんだけど、やつらはどうなったの?」
「そりゃもちろん、みんなまとめて牢屋行きになったわ。……そうそう。チェアと言えば、彼女が後で言ってたわ。VIDカードで侵入したところで、不死体に関するデータなんか見つかりっこなかったんだって。それにそもそも現実世界が消失した今では、不可能なことなんだってさ」
「ヒルシェイルか……あの時は危なかったなぁ。やつがあれに気づいていれば、終わっていたよ」
「タスク、あのレーザーを逆利用するなんてアイデア、よく咄嗟に思い付いたわねー。」
「いや、俺の力が効かないような相手にはもうレーザーしかないなんて思ったところからピンと来たんだ。一か八かの賭けだったけどな」
「あたしがうまくジャックインできるって思ってたの?」
「それは……俺はお前を信頼してるしな。きっとやってくれると思ってたよ」
 ちょっと言い淀んだが、はっきりと答えるタスク。アリエスはそれを聞いて黙りこくる。
「……ありがと、タスク」
 しばらく、この部屋を静寂が支配した。ややあって、タトエルがそれを崩す。
「でもタスクさん、あなたの力が効かなかったっていうのは、どうしてなんでしょうか」
「それが分からねー。力学的に考えられないんだ、どうやってエネルギーを打ち消したのか」
「実はねタスク。DMで拾ってきた情報なんだけど、光学武器の効かない体質の人間が悪事を働くってケース、増えてるらしいの。都市警察が調査してるみたいね」
「……う~ん、ひょっとしたらヒルシェイルたちは、大掛かりな組織の一員だったのかも知れないな。これはまた、何か大きな事件を引き起こす可能性があるな……」
 ふう、と溜め息をついて、タスクは顔を机の方に戻す。アリエスはその様子を見咎める。
「あれ、それってこの前勉強していた時のノートでしょ。……なんだ、全然進んでないじゃないの。確かテストって、3日後じゃなかったっけ?」
「……なあ、アリエス。テスト身代わりする気はないか?」
「バレるに決まってるでしょ」
「……アリエス、お前天才ハッカーだよな。テスト結果のデータをまとめたシステムに侵入して、操作できないかなあ」
「なんで天才ハッカーが学校のシステムに侵入しなければならないのよ。あたしの沽券に関わるわ。テストぐらいタスク、自分で頑張りなさいっ!」
「うひー」
 と、ジリリリンという音が鳴り響く。
「……ん、電話!」
 アリエスはポケットに入っていた携帯電話を取り出す。
「……もしもし、こちら時計台のアリエス……あっ!……はい……オッケー、任せといて!」
「アリエス、誰からだ?」
「チェアからよ。また来たわ、<仕事>が。急いで来てくれって」
「おいおい……俺さすがにテスト落とすから、パスしたいんだけど」
「やりたくはなかったけど……テスト結果に下駄を履かせてあげる。……他に拒否理由は?」
「なし! ……よっし、<レイダー>の出動だ!」

 レイダー……エテルナで起きる、様々なトラブルを解決させるスペシャルエージェント。時計台に住む二人は今日もまた、新たな刺激を求めてアステリアの裏の世界を駆け巡っていく。
 時計台の時計は、そんな彼らの姿を見ながら、ただコチコチと時を刻んでいくのであった。

-了-




電脳組曲 | TopPage