Column:デジタルワークス起業のすすめ

- 情報メディア環境の変化、新しい仕事形態の提案。
Article Written: 99/3/17




 1998年11月5日、株式会社インプレスの代表取締役である塚本慶一郎氏が、電気通信大学にて講演を行ないました。タイトルは「21世紀へのブレイクスルー 情報メディア環境の新展開と起業のすすめ」というもので、興味を惹かれた鷹月は、その日の授業をすっぽかして拝聴してきました。いまだ進化しつづけるデジタル産業、これからの情報社会はどのようになっていくのか、ベンチャービジネスの第1人者として、なかなか実感のある話でした。非常にクリエイターの方には為になる話だと思いますので、講演内容を再構成して、鷹月が50%ほど内容を加筆したコラムという形で紹介していこうと思います。記事としては、「個人がゲーム制作で食っていけるか」に密接に関連していますので、先にそちらを読んで頂くことをお薦めします。書き始めるにあたって、ウェブへの記事の掲載を快く承諾してくださいました塚本氏に厚く御礼申し上げたいと思います。



1、情報メディア環境の現状
     電子図書館や、CD−ROM書籍が登場してきたのはそんなに昔のことではありません。ところが近年、このようなデジタルメディアの情報量はとんでもない増加傾向にあります。政府発表の「'98 通信白書」の方にメディア情報量に関する記事がありますので、参照しておいて下さい。これを見ると、紙メディアから電子メディアに主流が移行しつつある、交代するのももうすぐ、という事が分かります。参考までに98年のインプレスの総売上は推定65億円でしたが、そのうち11億円はデジタル情報に対する売上でした。

     従来の感覚では、デジタル情報と言うのは無形物であり、意味をなさないものでした。しかし近年はその無形物に対する需要が高まってきました。ところで無形物というのは生産にお金がほとんどかかりませんから、先の例の売上は6:1としても、実質の利益は1:1の等価だと言って良いと思います。こういった、有体物から無体物へ移行しつつあるデジタル産業には大きな特徴があります。それは、無体物の限界生産および限界消費がともに0であるということです。いくらでも作ることができ、いくらでも売ることが可能なのです。これは、経済学で言うところの「限界効用逆逓減法則」を越えた考え方になります。



2、大学の有り方、位置付け
     一旦、本題から離れましょう。いまの日本の大学の地位はかなり低くなっています。学生の学力、求学心が低下したという事実はさておいても、企業に入るまでの準備期間的、待機所的な位置付けになっています。企業が求める人材に仕立て上げ、送るのが現在の大学です。欧米ではこんな現象はありません。大学というのは、そのルーツを辿ってみても、人材育成のもっとも格の高い存在に居るのです。企業側から「お願いしますぅ」と頭を下げて、人材を貰うと言うイメージの方が正しいのです。

     しかし、大学は必ずしも専門的な勉強だけをする場所であるべきなのか、これは否です。それを「縦」であるとするならば、人とのつながり、大学での仲間から色々な事を学ぶことが「横」であり、この両者のバランスを保つ事が大学の本来のあり方なのです。そして将来的には大学での仲間たちが団結して、既存の企業に依存しないベンチャーを起業する、よういった養成所としての役割も持つべきなのでしょう。この考えは、最近の各大学内部に根付き始めているものです。

     ところで横のつながりで何を得る事ができるのか。それは塚本氏が切々と語ってくれました。彼らの中には一芸に秀でた者がいます。大学に限らず、そういったグループの中に属する事で、いつのまにか技術を身につけることができるのです。これを暗黙知と呼びます。また、他人が試行錯誤して得た果実を一瞬にして共有する事ができます。朱に交われば赤くなるとはよく言ったものです。こういう相互補完が行なわれるのが「横」なのです。



3、企業家精神を育てるには
     クリエイターは、何か新しいものを常に作ろうとしています。ところが、一般の企業(ここでいう企業とは主に、ヒエラルキーのできあがった大企業の事を指します)に就職してその目標が達成されるかというと、まずありえません。企業と言うのが常に現状維持、それから後ろを気にしつつ一歩ずつ進んで行くという体質を持っているからです。

     近年までは、全ての労働者は企業に入り働くのが当然の義務とされたわけですが、最近では一つの疑問符を投げかけることができるようになりました。塚本氏は、新しいことをやろうと思ったら、今あるやり方や常識をちょっとずつ良くするという方法では間に合わないと言っています。目に見えた新しいものが新鮮であると、成功した者に群がっている連中は結局、新しいものには辿りつけないのです。必要なのは、思いきって常識や規範を否定する、ということです。ここでの常識とはモラルという意味ではなく、コモン・センスの事です。

     氏が語ったエピソードを紹介しましょう。塚本氏の父親は経営コンサルタントでした。その関係から、氏は父の持っている「企業内研修ガイド」の類を覗く機会を得たのです。すると、地獄の13日間研修という、知る人ぞ知る感受性訓練……悪い言葉で表現するなら一種の調教……について細々と書かれていました。企業は言います。「協調性のある人が欲しい。しっかりした人格を持った人が望ましい。企業体質に適応してもらいたい」しかし、企業はそんなに素晴らしい所でしょうか?汚職、職権乱用、談合の数々。自己変革もできない組織です。そんな組織に人格云々言われる事、教育される事への矛盾……これを氏は感じてしまいました。そのため、企業には入りたくないと思い、結果西氏と組んで、自分たちで会社……「アスキー」を設立するに至ったのです。(インプレスはアスキーから分離・独立した会社です)

     結局のところ、大人の言う所の「思慮分別」には欠損があるわけです。それを埋める部分にあるのが、その日暮らし的な考え、すなわち個人の考えというものです。とことん追いかけて行きたい自分のテーマがあり、その為に他の事を捨てても良い位の強い関心があるか。それが他人に植え付けられたものではない、自分の内から出たものであるとするなら、違う道を選ぶ価値があるのです。

     崩壊しつつある、旧来の組織に入るのは、テーマを持った人にとってはムダでしかありません。よく言われる「一回企業に入ってノウハウを学び、それを基にして自分の新しい道を探って行く」という方法は、結局のところ得るものがない徒労になることが多い、と塚本氏は言います。資本金を得るために、とか、将来の人材を引き抜くために、という考えがあるのだとしたらその限りではないとは思いますが、時間だけはかかります。この産業は日進月歩、ちょっと遅れを取ってみたら取り返しのつかないことになっていた、というオチが付くこともあります。

     そこで、いわゆる企業と逆の体質である、その日暮らし的な起業を塚本氏は薦めています。これは起業社会を「縦」とした場合における「横」の社会、すなわち仲間と仲間がそれぞれ同列に位置する環境の事です。



4、個人、同人での起業は可能か
     それでは本題に入りましょう。デジタルメディア関連のクリエイターの人達(これに限定されます。有体物販売を目指す人達は以下の文は意味を成しません)は、企業に入っても自分の求めているものを表現できない、もしくは能力を活かせないのだと思ったら、自分もしくは仲間を集めて起業する、これは現実的かどうかの話です。

     まず、前に述べた通り、無体物には生産と消費に関する制約がありません。これは素晴らしいアドバンテージです。そしてもう一つ、こういったデジタル産業に関する専門の企業(たとえば Yahoo なんて完全にデジタル企業ですね)がまだ少ないということです。小さい所と大きな所。強いのはどっちかなんて自明の理です。現在は普通の企業が足掛け程度にやっている程度で本格的ではありません。彼らが本格的にデジタル産業に手を出しはじめてからでは、起業障壁が生まれてしまいます。チャンスはここ5年だ、と塚本氏は予言しました。こういった発言は、「個人がゲーム制作で食って行けるか」で鷹月が書いたことと概ね一致しています(比較して参照してください)。
     さて、ベンチャーは危険だと言われている昨今、なぜチャンスなのでしょうか。起業のパターンと共に説明していきます。

  • A、独自起業
       従来のベンチャー。アイデアが全ての勝負を分けます。資本として300万やら500万を必要として、生産時には1000万以上のお金がかかります。リソースは良いのですが、ハイリスクの割には成功率も低いのが特徴です。

  • B、企業内起業
       企業内でプロジェクトを立ち上げることもできます。これを推進しているかは企業に依ります。資本の心配はないため安全ですが、何をするにも上役の確認が必要です。そのため動きが遅くなり、機転が利きません。また、この起業をするにはある程度の実績がないとできないため、最初に何年もじっと我慢して企業サラリーマンにならなくてはいけません。

  • C、独自起業デジタル型
       鷹月が言う「小人数のゲーム制作での生計」にあたるのがこれです。Aと同じ「独自起業」の名を持ってはいますが、その形態、体質ともにまったく違っています。以下、この形について詳しく紹介していきます。



5、独自起業デジタル型
  • 無体物の販売なので、在庫保管の心配は不要、何より生産にお金をあまり必要としない。
  • 計画のブレは大きく、安定性には乏しい。
  • 現在の問題に関しての判断を迅速に、かつ正確にできる。企業ではこうはいかない。
  • 成功すればそこそこのリターンは来る。反面の失敗時ダメージが極端に少ない。
  • スタートアップはSOHO形態があれば十分。
  • 余計なリソースは不要、電子ネットワークさえあれば簡単に調達可能。

     これが、独自起業デジタル型と言う、デジタルのみの販売(無体物のイメージが掴めない人は、狭義ですがシェアウェアと置き換えて考えてください)をした場合に生じるメリット・デメリットです。結局、起業をするのに何が障害だったのかというと、生産時の費用と流通の問題です。しかしデジタル起業の場合はこの問題は解決されたも同然です。流通はホームページ等を利用してPRすればいいわけです。PR場所が少ないのだとしたら、友人知人、シェア展示ページ、もしくは仲間に頼んだりしてPR場所を作ってもらえればいいのです。そのうち一部の企業とも連携を図ることができるようになるかもしれません。

     日本ではベンチャーの数が欧米に比べて極端に少ないのです。その理由は失敗したときのダメージにありました。日本では脱サラとして逃げ回る哀れな人生を送るのですが、アメリカでは起業を奨励し、また失敗した場合の特別な救済があるため、今日に至るまで次々と会社が登場しているのです。アメリカに多少なりとも居た者なら分かりますが、昨日まであった会社が今日にはなくなり、別の会社になっていたという事は日常茶飯事です。アメリカンドリームの元にはこういった、失敗をそれほど恐れなくても良い措置、というのがあったのです。

     それで話を戻しますが、ベンチャーの弱い日本と言えど、生産にお金のかからないデジタル起業はチャンスなのです。たとえ失敗したとしても、「ああ、失敗したか。んじゃま、とりあえずの生活するためにバイトでもするか。それから再びチャレンジだ」、実際は年金や税金の話があるため、そこまで簡単に割り切る事はできませんが、30以下(所帯を持っていない)ならさして深刻になる必要はありません。こんな「その日暮らし」の生活も現実的に可能なのです。

     この型の起業に必要なのは、アイデアと技術は当然ですが、あとは横のつながりです。これを強くすれば強くするほど、元は小さな組織であろうとネットワーク化し、大きな組織になることができます。望ましいのはこういうデジタル起業の団体が複数手を取り合っていくことです。現在でも、アマチュアクリエイター団体が連携を取り合おうと言う動きは出ていますが、また巨視的に見れば本格的ではなく、動いてもいません。これを早急に形作る事が、現実的にするために求められていることです。先に大学のあり方について述べましたが、大学在住中の学生も、「デジタル・バーチャル会社」なるものをどんどん作り、それぞれが連携を取り合って行く……このようなケースは将来的に生まれるのではないか、と思います。

     何事も「道ができるのを待つ」というのでは遅すぎなのです。第一、クリエイターは他人が開拓した道を歩むべきではありません。他人が後からついてくるような道を自ら選んでみる、こういうパイオニアな心こそ、現在の人間に求められているのではないでしょうか。多くの障害が待ち構えているのは間違いないのですが、どのように乗り越えて行くのか、それを考える事から第1歩が始まるのです。



6、デジタルメディアへの移行
     話はほとんど締めてしまったので、あとは余談というか、最初に話を戻して補足させていただきます。人々はあるメディアから情報を得るわけですが、それがデジタルに依存しているという動きについて、実感がないかもしれません。しかし、ある情報によればあと13年……2012年には、デジタル出版物の年生産数は、紙出版物と等しくなると言われています。また、紙の原料である森林の伐採による砂漠化、O2の減少といった問題も加速するでしょうから、2030年には全ての情報はデジタル化するのではないか、と伝えています。

     各企業もこういう動きにはなんだかんだ鋭い目と耳を傾けています。たとえば出版社の中で最も高い売上を誇っている会社はリクルートです。この会社、ただ転職の手助けをするだけかと思ったら大間違いで、仲介宣伝業者として、実に色々な業種に携わっています。車関係の分厚い雑誌「Car Sensor」も考えてみればリクルート社の出版物です。この会社が、2001年には紙メディアでの発行を止め、すべてデジタル化するという動きをこっそり見せているのです。家探し、旅行予約など、ネットでの検索は少しずつメジャーになってきましたが、数年後にはそれが当然になり、紙で探すような時代は20世紀のものとして置いてしまうのです。

     携帯電話産業も「i−Mode」などに見られるように、少しずつ「情報そのもの」を扱うようになってきました。今後、携帯情報端末による検索、情報の購入という時代がやってくることでしょう。それに関しては別に色々と資料があるので、別の機会に紹介させてもらう事にしますが、この世紀末、情報ハイウェーはとんでもないスピードで加速しようとしています。97年には28000しかなかったウェブサイトの数も、98年の初めには83000になりました。55000のサイトが増えているというわけです。これに対して、日本全体で発行されている書籍の1年間の総数が65000程度と言われています。すでに肩を並べつつあります。99年の今、統計資料がないのは残念ですが、逆転しているかもしれません。

     インプレスのホームページ全体のページビュー(ページを参照した回数)がひと月に四千万回あるそうです。1ページビューを「本を1ページ見る」のと等価と考えた場合、月にインプレスは22万冊分の本を発行したのと同じ情報量になるそうです。一つの会社でさえこのような案配です。デジタル化がどれだけ進んでいるか察する事は充分に可能だと思います。

     こう書けば、未来のイメージがある程度予測がつくことでしょう。先ほどは「今がチャンスだ」と書きましたが、裏を返してみれば「今しか独自起業のチャンスはない」ということになります。個人の能力を活かしたい人、自分のテーマを追って行こうとする人は、この機会を見逃してはいけません。

     塚本氏はこういう講演をされたわけで、インプレスはこういう起業家の人達を応援してくれるかもしれません。もちろんそれをアテにするのは間違ってはいますけれど。また、鷹月ぐみな情報局では、このような生活を始めようとする方を応援すると共に、横のネットワーク形成の掛け橋的な存在になれればいいな、と思っています。

     なお、「独自起業デジタル型」というのはイントネーションがあまり良くないため、鷹月は以後、この型については「デジタルワークス(起業)」と呼ぶことにします。ワークスというのは Work =仕事、であり、Works =作品、という意味を持ちます。



 塚本氏の講演での対象となっていたのは、ゲームクリエイターというわけではなく、もっと広義の「デジタルで仕事をしようとする人達」です。そのため文章全体がやや一般的は部分に言及しています。ある程度は補足したつもりですが、ゲームクリエイター志望の方には適宜噛み砕いて理解していただくようお願いします。
 また、鷹月は業界は未経験であるがゆえに、どうしても塚本氏の意見に頼った受け売り的な文章になってしまい、それと知識の欠如(経済学なんて知りませんし……)、鷹月の構成力の足りなさから、不必要に話を難しくしてしまっているかも知れません。しかし、氏は講演で何を伝えたかったのか、それを場所を移し、このページを読んでくれた皆様に伝えようと努力してみたつもりです。感想をぜひ掲示板かメールに書いていただけると幸いです。

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Written by. gumina(鷹月 ぐみな)